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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~26

第26話「夏の終わりの歌(後編)」 ※3/8加筆

ピックが弦を弾くと同時に、予想を外れた鋭い音が鳴る。
視線をギターに向けると、テンションから解放された3弦が枯れた植物の茎のように力なくブリッジから垂れ下がっているのが見えた。
ギターの弦が切れた。
私――金谷ひまりは、毛先が乱れた筆で固まりかけの油絵の具を塗りつけるような、そんな乱雑で暴力的な焦燥の感情によって、頭の中が真っ白に染まっていくのを感じた。使用頻度の高い3弦が切れてしまったら、この先のギターソロは音楽の体をなさない雑音へと変わってしまう。何とかしなければならないのに、混乱の泥沼に突き落とされた思考の速度は、苛立つほどに鈍くて重たい。ただただ焦りだけが冷や汗となりこめかみから流れ落ちる。
ああ、音が止まる。
一度音が止まれば、音楽は死んでしまう。
音楽が死んでしまったら、この音楽に勇気をもらっているはずの茜ちゃんはどうなるのか。
私は所在なく立ち尽くし、茜ちゃんいるがはずの群集を空っぽの目で見た。彼女はどんな顔をしているだろう。もしこの曲が失敗に終わったら、茜ちゃんの気持ちは、再び暗い箱の中に再び閉じ込められてしまうのだろうか。
私にはこの音楽を生かし続けなければならない責任がある。
責任があるはずなのに、私は何も出来ずにただ立ち尽くしている。
私は、なんて無力なんだろう。
誰か助けて。

助けて――

無意識に珠美ちゃんを見ていた。
珠美ちゃんもまた、困惑の表情を見せている。

でも、私の顔を見た珠美ちゃんは、力強く頷いた。

メロディーが流れ始めた。
2つの異なるキーボードの旋律によって、力無く地面に倒れ込んでいた音符達が立ち上がり、再び空を舞い始める。
珠美ちゃんは即興で、ギターパートのメロディーとキーボードパートの伴奏を同時に弾いていた。10本の指がそれぞれ別の生き物であるかのように鍵盤の上を飛び回る。
音楽は再び立ち上がろうとしている。
珠美ちゃん。
胸の奥から湧き上がってくる言葉にならない感情に包まれて、私は珠美ちゃんの名前を大声で叫びだしたい衝動に駆られた。不安と焦りが、感謝と感動に昇華されて行く過程で起こる、泣き笑いみたいな感情だった。
そうだ。
こんなふうに、珠美ちゃんはいつも私を助けてくれていた。
珠美ちゃんのピアノは、ピアノをただ楽譜通りに弾く事しか出来ない機械のような私に、人の発想力と創造力に基づいた自由な音楽の姿を見せてくれた。
ピアノを正確に弾くこと、ただそれだけに囚われ楽しさを失いかけていた私を奮い立たせてくれたのは、この陽にあてた毛布のように柔らかく――時につっかえながらも自分の色を表現しようともがいている、とても温かな音色だった。

そうだ。
そんな珠美ちゃんのピアノに、私は憧れていたんだ。

「ひまり!」マイクを通さない珠美ちゃんの声が私の名前を呼んだ。
放心状態だった私は、その声で自分の今立たされている状況を再認識する。群集を見渡すと皆一様に不安そうな、しかし何か期待を込めた目で私たちを見ているような気がした。
「ひまり、来い!」再び珠美ちゃんが叫ぶ。
その間も両手の指はせわしなく鍵盤を叩いているが、額には玉のような汗が浮かびスポットライトを反射していた。今珠美ちゃんは、頭の中で2つの楽器を鍵盤一つに編曲しながら弾いている。そんな芸当、私には絶対に出来ない。
私はギターを床に置くと、マイクスタンドを片手にキーボードの方に走った。
珠美ちゃんの隣に並び、私もまた鍵盤に指を這わせる。
鍵盤を前にして並ぶ私と珠美ちゃん。
懐かしい感覚に私の胸は高鳴った。
あの頃の私はピアノの技術を磨く事にいっぱいいっぱいになっていた。その隣でただ『技術がほんの少し満たない』だけの珠美ちゃんの気持ちを省みる余裕があったなら、今でもまだ2人で普通にピアノを弾いていたかもしれない、そう思うとほんの少し切ない気持ちがこみ上げてきた。
私は珠美ちゃんのピアノが好きだったし、尊敬している。その気持ちをもっと早く伝える事が出来ていたなら――ううん、そんな過去はどうだっていい。
今でも私たちは2人で音楽をやっている。
そして今この時、再び2人で鍵盤の前に並ぶ事が出来た。
それでいいんだと思う。
「ギターパートは頼んだ」珠美ちゃんはそう言って口元だけで笑った。
「わかった」私は頷く。
音楽が、再び息を吹き返した。

・・・・・・・・

・・・・・

・・・

ステージの階段を下りると、そこには今日の演奏を身に駆けつけてくれた弾き語り部門のみんながいた。
「タマ、お前すげーな! 咄嗟にあんだけのアレンジが出来るなんて!」堅あげポテトとビールを両手に持った杉田先輩が、肩で珠美ちゃんの肩を小突く。
「いや、けっこう疲れました。頭がボーっとしてます」気が抜けた表情の珠美ちゃん。でもその姿がなんだか誇らしかった。
「ごめんね珠美ちゃん。ありがとう」私は頭を下げる。
「いやいや、いーよ。あたしもなんていうか、借りを返せた気分だし」のぼせたような目でニヤリと笑う。借り、って何のことなのか私にはぴんと来なかったけど、それは後で聞いてみることにしよう。
「ひまりー、たまみー、疲れー!」そこにイベントTシャツを着た桜ちゃんが両手を振って駆け寄ってきた。
「あ、私、この2人の友達です」弾き語り部門のみんなに気付き軽く頭を下げると、私達の方へと向き直る「すごかったよ。感動した。特にあのギターからキーボードに切り替える演出とか、一瞬ハラハラしちゃったもん」
「あれは演出じゃないんだけどな」私は苦笑する。バイトで忙しくじっくりステージの動向を見ることが出来なかった桜ちゃんには、あの一連のハプニングもそう聴こえていたのかもしれない。そこで私は一番の関心事を口にする「それで、茜ちゃんは――」
私の言葉を待っていたかのように、桜ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべ、親指で後ろをちょちょいと指し示す。
桜ちゃんの肩越し、遠くの木の下に大小二つの影が並んでいた。
小さい方の影は肩を震わせているように見える。
ダメだったのかな――不安が過ぎる。
しかし2人の手は、しっかりと握られていた。
「オッケーもらえったっぽい」桜ちゃんは白い歯を見せて笑った。
「よかったー」私と珠美ちゃんは同時に安堵の溜息をつく。
「ミッションコンプリート、ってかんじ?」珠美ちゃんが私の方を向いて右手を上げる。その意図に気付いて私も右手を上げた。
「コンプリート!」
2つの手が合わさり、軽快な音を響かせた。

茜ちゃんと彼氏さんは、それぞれ演奏の感想とお礼の言葉を述べて、会場内の散策に戻っていった。幸せにとろけた2人の顔を屋外照明が映し出していた。生み出された陰影によって誇張されたその表情は、多分この会場で最も幸せに見えた違いない。
歩調を合わせながら遠ざかって行く後姿に、私は自分と平君の姿を重ねていた。
それは紛れもない自分自身の願望だ。
気付いていたけど、気付かないふりをしていた、私の気持ちだ。
「珠美ちゃん、私ね――」隣に立っている珠美ちゃんの方を見て、驚く。
いつの間にか、珠美ちゃんが平君に変わっていた。
「なんか、清里さんが、正方寺と屋台を見て回るとかで、金谷さんをよろしくって」困惑した様子の平君。
後方を振り返ると、珠美ちゃんはこっちを見ながら親指を立てていた。
なんだ。
やっぱり、珠美ちゃんは私の気持ちに気付いていたんだ。
ついさっき見つけた自身の大発見を親友はとっくに知っていた。その事にほんの少し気恥ずかしさを覚えた。
「清里さんから今回のライブの目的を聞いたよ」平君が言う「金谷さんの友達、上手くいったみたいでよかったね」
「うん」私は頷く。
「演奏もすごくよかった。清里さんとキーボードを弾いている金谷さん、すごく楽しそうだったよ」野外照明を背にした平君の表情はよく伺えない。でもどんな顔で今の言葉を口にしたのか、私には何となく想像できる。
「鍵盤を弾くのがあんなに楽しいと感じたのは、すっごく久しぶりかもしれない」珠美ちゃんが私と一緒にピアノを弾かなくなって以来、忘れかけていた感情だった。
「金谷さんと清里さんは、いいデュオだと思うよ。お互いがお互いを補い合ってるっていうか」
「私もそう思う!」私は力強く言い切った。
普段なら『そ、そうかな?』と照れ笑いを浮かべるであろう私の反応の違いに、平君は一瞬だけ面くらい、でもすぐに優しい顔で頷いた。

その時――空が一瞬明るくなり、ほんの少し遅れて大きな破裂音が響いた。

「あ、花火だ」平君がぼそっと呟く。
「ほんとだ」イベントの最後に打ち上げ花火が上がることを、桜ちゃんから聞いてはいたけれど今の今まですっかり忘れていた。
夜空に亀裂が走るように、光の玉が尾を引きながら空へと上っていき、次の瞬間、夜空の切れ目から色鮮やかな光が弾ける。
この世界を――自分自身の殻を打ち砕くような、そんな光の爆発。
そして、はじけた光の粒たちは再び夜空へ吸い込まれていき、時間がゆっくりと巻き戻っるように再び静寂の時間が訪れる。
誰もが夏の夜空が見せる最後の輝きを眺めていた。
今まで私は何度花火を見ただろう。
いつも空を覆う光の花を見上げながら、花火の壮大さ華麗さとは対照的に、何か言葉に言い表せない寂しさもほんの少しだけ感じていた気がする。
その寂しさを埋めてくれるのは、家族や友達、では無いのかもしれない。
隣に一緒に花火を見上げてくれる平君の存在を感じながら、その答えが分かったような気がした。
花火の音が心の皮膜を振るわせ、小さく開いた裂け目から感情が溢れてくるのを感じた。
でもその感情を伝える言葉を持たない私は、さっきステージの上で唄った歌詞に乗せて呟いた。

それは、友達関係からその先への一歩を踏み出そうとする女子の心を唄った歌。

音楽には程遠い、囁きのような歌だった。
私は唄いながら平君を見る。
いつの間にかこちらを見ていた平君と目が合った。
恥ずかしさで目を逸らしたくなる。でも、私はそのまま平君の目を見続けた。自分の気持ちから逃げちゃいけない、そう思ったから。

歌が終わる。
花火はまだ終わらない。



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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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