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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~21

第21話「夏合宿(その3)」

普段朝食を食べない僕なのだけど、旅館の朝食とはなぜこれほどまでに美味しく感じるのだろうか。
塩鮭の身から骨を取り除き口に運びながら、僕は窓の外に広がる青い日本海を見た。天気は快晴。海の果てが描いた境界線と、境界線を越えて空へと手を伸ばすようにはっきりと突き出たS島の姿が、朝の澄んだ空気を物語っている。今日も暑くなりそうだ。

支度を済ませロビーに集まる。
「正方寺くーん、荷物が重いよー」甘えた声を出す清里珠美さん。
「ほら、俺が持ってやるから、貸してみ」
「え、あ、え?」予期せぬ正方寺の反応に唖然とする清里さん。普段の正方寺なら『そんなに荷物持ってくるからだろー』と悪態をつくところなのだが、どういう風の吹き回しなのだろうか「あ、やっぱりいいよ、自分で持てるし」と困惑する清里さんがなんだか微笑ましい。

今日はこれから街の料理屋で待ち合わせて、「アピンチ・オブ・ソルト」の五智夫妻に色々と話を聞く予定だった。
海沿いの国道を30分ほど走ると、J市の中心街が見えてきた。大型ショッピングセンターを中心に独立店舗のチェーン店が群立していて、典型的な開発途中の地方都市といった様相だ。そこから内陸側にしばらく走ると、今度は雁木造の古い町並みが見えてくる。おそらく以前はこちらが市の中心部だったのだろう。
杉田先輩のミニバンは細い道を抜け、ある料理屋の駐車場で停まった。
店には既に話が通っているらしく、2階の座敷に案内された。もうすぐ昼食時ということもあり、1階の座敷席には数人の先客がいた。メニューを見ると、どうやら寿司をメインとした和食のお店らしい。思いのほかお値段は手頃だった。
「五智先輩、先輩のお兄さん夫婦って、どんな方たちなんですか?」ひまりさんが尋ねる。
「兄貴は、ギターが上手い」
「車で曲聴きましたけど、すっごく上手かったですよね。奥さんのボーカルも声が澄んでました」
「義姉さんは、なんというか、大和撫子といった雰囲気だ」
「どんな人なんだろうなぁ」
そこで階段を上る足音が聞こえ、僕らは一斉に階段のほうを見る。

「よう、お待たせ」襖が開き、五智先輩に口ひげを生やしたような男性がのっそりと顔を出し「弾き語り部門の皆さん、いつも哲夫がお世話になってます。兄の和夫です」そう言って頭を下げた。
「義姉の文子です」五智さんの後ろには、白くて線の細い女性が立っていた。長い黒髪を真ん中分けにしていて、白い額や頬に赤い唇が際立つ。その凛とした立ち姿はこの店の純和風な内装と妙にマッチしていた「てっちゃん、元気にしてた?」
後に聞いたことだけど、五智兄弟と文子さんの三人は幼馴染のような関係だったらしい。
文子さんにそう尋ねられて、五智先輩は照れくさそうに「まあまあだ」と答えた。

今日はお忙しいところお時間を割いていただきありがとうございます俺たち弾き語り部門も実際にプロで活躍しているミュージシャンの方にお話を伺えるというのは大変な僥倖でありぜひこの機会に技術や音楽論についてご教授いただきたいうんたらかんたら――長々と杉田先輩が言う。

「あの、失礼ですけど――」料理を運んできたアルバイトらしき女性が、五智さんと文子さんの顔を交互に見比べている「もしかして、アピンチ・オブ・ソルトさんですか?」
「そうだよ」五智さんがにっこりと笑う。
「やっぱり! わ、わ、わたし、わたしファンなんです! CD全部もってます! あの、これ、サインしてください!」そう言って空の伝票とボールペンを差し出す。
二人は嫌がる様子もなくそこにサインをした。
「ありがとうございます! 一生大事にします! 今夜のフェス、絶対行きますから! 頑張ってください!」浮き足立った様子で部屋を出て行くアルバイトの女性。
目の前の2人がプロのミュージシャンである事を改めて実感する。
「数少ないファンだから、大事にしないとね」五智さんは困ったような笑い顔で頬をぽりぽり掻いた。

そんな感じで食事を摘まみながら質問コーナーが開始された。
特に熱心に話を聞いていたのは正方寺だった。ボーカル一本の正方寺にとって、同じボーカリストのプロである文子さんから聞ける話の数々は興味深いものなのだろう。弾き語り部門の先輩は主にギターがメインであって、歌についてのレクチャーが出来るわけではない。だから正方寺は(ついでに僕も)本や雑誌で見聞きした知識を元に自己流で技術を磨いてきたのだが、やっぱりその道のプロの口から語られる言葉に勝るものはない。

またギターの話つながりで、五智先輩の小さい頃にも話題が広がった。
小さい頃の五智先輩は今とは違って泣き虫で、いつも年上の五智さんや文子さんの後ろをついて回っていたらしい。中学になり五智さんがギターを始めると、負けじと五智先輩もギターを始める。もともと歌が好きだった文子さんの伴奏をどちらが務めるか――そんな事を競い合う、仲がいいんだか悪いんだかわからない兄弟だったらしい。
「あの頃のてっちゃん、かわいかったのよ」ほんわかした視線を五智先輩に向け微笑んでいる文子さん。
「そんな昔の事どうだっていいだろ」その視線から目を逸らしながら、五智先輩は湯気の立つお茶を口に含むと熱そう眉根を寄せた。
文子さんの昔話は続く。
高校を卒業する頃には五智先輩のギター技術は相当なものになっていた。
しかし高校卒業と共に上京しプロのミュージシャンを目指した五智さんとは異なり、五智先輩は普通に進学する道を選んだ。
「俺と一緒に文子も上京して、一緒にプロを目指す事になったから――」五智さんが文子さんの話に注釈を加える「俺たち兄弟の争いは、一応俺の勝利という形で終結したわけだ」
「別に争ってなどないし、負けたとも思っていない」面倒臭そうに反論する五智先輩の表情には、しかしほんの少しの悔しさが覗いているように感じた。
たった小1時間の話しの中だけで、この三人の関係性を見抜けるほど僕は観察力に優れてはいない。
でも五智さんが文子さんと一緒にプロとして成功していなければ、五智先輩の2人に対する感情は変わっていたのではないかと思う。
五智さんは文子さんの伴奏というポジションを得た。この兄弟にとってのそのポジションには、文子さんの歌声を全国に届けなければいけないという使命が付随していたのだろう。そして五智さんはその使命を全うし、プロとして全国を飛び回る生活を行っている。
確かに悔しいけれども、そんな兄の事が、どこか誇らしい。
僕には男兄弟がいないから、こういう男同士の矜持のぶつかり合いや、その果てに生れるお互いを認め合う気持ち――そんな関係性に少し憧れを抱いた。
やっぱり五智先輩はかっこいい。

「君たちの音楽は充実しているかい?」五智さんは問う「このまま就職して社会に出て行く人、音楽を続けてプロの道を目指していく人、これから先の進路は様々だと思う。しかし就職して社会に出た場合、音楽を続けていくのは難しい事なのかもしれない。俺の友人で音楽をやっていた人間も、社会に出てからめっきりギターを弾かなくなったといっていた。日々の生活に追われて、そんな余裕を持つことも出来ず、やがてギターは埃をかぶったインテリアに成り下がってしまうらしい。確かに、現実で押し寄せてくる問題の数々は娯楽や夢なんかよりも明らかに強力で、津波みたいにその人の感情ごと根こそぎ押し流してしまう事がある。でもそんな時、心の支えになってくれるのは、今君たちが生きているこの時間だ。同じ目標を志すものが集まり6人で同じ道を歩いている、人生においてはほんの一瞬にも満たないこの時間だ。この時間に染み込んだ努力や、喜びが、いずれギターに被るであろう『埃』を『誇り』へと変えてくれる。今を充実させよう。未来のために、今の音楽を充実させていこう」
五智さんは「ちょっと説教くさかったかな」と言って笑った。
「うちの弾き語り部は基本的にだらだらしてますけど」杉田先輩が応える「でもまぁ、基本的にやる時はやるってスタンスでやってますぜ」
「杉田先輩は、もう少しやる時を増やした方がいいのでは……」と正方寺。
「そ、それを言うなよほーじくん」気の抜けた杉田先輩の言葉に、一同は笑いに包まれた。

今のこの時間は無限ではない。
笑い声の中で、僕はそんなことを考えていた。
僕達はいずればらばらになり、それぞれの道を歩く事になる。
まず先輩2人は、今年の秋の学祭発表を機に部活を引退する事になるだろう。
4人になった弾き語り部門も、来年の今頃は部活の引退が頭を過ぎり、それと同時に押し寄せてくる卒業研究や就職活動の波に溺れそうになっているかもしれない。
僕にとっての弾き語り部門は、いつか終わってしまう。
でも今は、それを現実として受け入れるような気持ちにどうしてもなれない。
この時間が有限であるとは、どうしても思えない。
夏は終わらず、次に来る秋や、冬も、きっといつまでも終わらないような錯覚に陥るのだろう。
なんの覚悟も出来ないまま、時間に押し流されてしまう事。
それがなんだか恐かった。

セミの声が聞こえる。
彼らは1週間という限りある生を知り、受け入れた上で歌っているのだろうか。
もしそうだとしたら、そんな彼らの歌声は、何の覚悟もない僕の歌声よりも明らかに力強く響くだろう。

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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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