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ワースレスの夜明けに-第一章①

 黒井高志は疲弊していた。
 自由に動かない手足を懸命に動かしながら、敵と認識される人物を鉄パイプでひたすら殴り続けている。相手の頬骨は先ほど与えた一撃で砕け、だらしなく弛緩した下あごの端から涎が垂れている。骨を砕いた感覚が残る両手を振り上げ、渾身の力を込めて鉄パイプを横に振り切る。先端が相手の左腕に当たり朽ちた木の棒を踏みつけたような感触が鉄パイプ越しに伝わった。
 不快な感触だった。
 もうこんな感触は味わいたくないと黒井は願う。しかし敵と認識される相手は無表情で立ち上がり、ゆっくりと黒井に近づいてくる。何度も何度も。その恐怖と不快感から逃れるために黒井は再度鉄パイプを振り下ろした。その一撃で相手が地面に沈み、そのまま起き上がらない事を願いながら。しかしその願いは叶わない――
 飛び散る血液の遥か向こう側に人の姿が見えた。
 女性のようだった。
 どこか知っている人物の面影があるような気もする。しかし木彫りの面のようにのっぺりとした無表情は顔のもつ特徴を画一的で没個性的なものへと変えていた。人の顔は感情を体現するからこそ顔として認識できるのだろう。感情を失ったそれは単なる目と鼻と口と眉の集合体でしかない。
 知っている顔の様でいて、そもそも顔であるかどうかも疑わしい。
 そして自分は恐らく、この人物のために鉄パイプを握っている。そんな確信めいた思い付きが黒井の脳裏を過ぎった。
 一体何のために。
 思考の深みに嵌りそうになる黒井の隙を突いて、敵と認識される人物が更に一歩足を踏み出した。それに気付いた黒井の心へと恐怖が決壊した堤防から流れ込む濁流のように流れ込み、埋め尽くす。恐慌状態に陥った黒井は鉄パイプで相手の頭を何度も殴りつける。
 相手の頭蓋骨がひしゃげ、血とは違った液体が飛び散った。
 形が崩れた頭を揺らしながらも、相手は再び立ち上がる――

 そこで黒井は目を覚ました。
 意識が夢から現へまるで砂時計のように流れ落ちてくる。ガラスの球体が意識によって半分ほど埋まったところで、黒井は自分が夢を見ていたことに思い至った。
 アルコールに侵されたように身体の隅々を火照らせていた残暑は、ウイスキーグラスに冷水を注ぎ込んだかのようなもやを見せながら次第に薄まっていった。ここ数日の明け方の気温は手足の先が冷たくなるほどに冷え込んでいる。今朝も例に漏れず肌に触れる空気は秋の様相を呈しているのだが、黒井の額と首筋には玉のような汗が浮いていた。 
 まずは時計を確認する。10時を少し回っていた。バイトのシフトが13時からだから3時間ほどの余裕がある。無為に消費するには長すぎるが、何かを成すためには短すぎる時間だ。食パンをオーブントースターに突っ込んでから、汗で湿った枕カバーとシーツを洗濯機に押し込み、適量を無視して洗濯洗剤を垂らす。焼けた食パンにマーガリンを一欠け落とし、コップに牛乳を注ぎ、溶け始めたマーガリンを乱暴に全体へ伸ばしてから口の中に押し込んだ。
 感動も何もない味だった。牛乳で流し込むと、冷たさだけが舌先に残った。
 気がつけば30分ほど経過している。2時間30分では何かを成すために明らかに時間が足りない。こんなふうにして無為に過ぎてきた日々を思い出し、黒井は辟易した。しかし何か成し遂げたい事があるのかと問われれば、頭を抱え込んでしまうだろう事は予想がつく。結局、時間の問題にすり替えているだけなのだろう。
 何の気なしにテレビをつけると様々な情報が流れ込んでくる。
『首都で起きた殺人事件の続報』
『各地で散見される行方不明者問題』
『新型M-Pプレーヤーの最新情報』
『あなたの子供のMVを高めませんか――私立福高保育園』
『四菱自動車から新型ハイブリット車が販売されます』
 温いシャワーのような映像と音声をただ何となく浴び続ける。そこで洗濯完了のアラームがなり黒井は立ち上がった。

 13時の5分前に黒井はアルバイト先であるチェーンの古本屋に到着した。作業着であるジーンズ時のエプロンには名札が取り付けられている。挨拶をしてカウンターに入ると、大学生の男性アルバイトが平積みされた本を黒井の前に置いた。
「お疲れ様です、自分売り場に品出しに行ってきますんで、この本の処理しといてもらっていいっすか?」
 黒井は慣れた手つきで本のカバーを外すと黄ばみ具合でいくつかのグループに分け、その中から数冊を手に取り研磨機に固定した。ハンドルをスライドさせると回転するヤスリ部分が本の黄ばみを削り落としてくれる。各辺につき1回ハンドルをスライドさせた。本を取り外しエアーで粉を飛ばし目視で確認する。そんな作業を繰り返しつつ、たまにやってくる客のレジ打ちをする。
 研磨を終えた本は再度カバーを取り付け、表面をウエスで磨き、作業台に綺麗に並べてから、ラベラーで一気に値札をつける。それらをあいうえお順に並べて品出し用カートの上に置いた。
 17時頃から客足が一気に増えてくる。仕事や学校帰りの学生、買出しの帰りに立ち寄る主婦などがその主な客層だろう。
文庫本コーナーで品出しをしながら、黒井は今夜の事について考えていた。
その場の雰囲気で同行を決意したが果たしてそれは正しい判断だったのだろうか。あの犀潟という男は人を騙すような人間には見えなかったが、それは彼の身の上に同情している自分の勝手な思い込みである可能性も高い。かといって彼の言う『高額買い取り業者』に興味がないかといえば嘘になる。必要性というよりも、好奇心に近い感情から来る興味ではあるが、何かしら今の自分を変えるきっかけになるかもしれない。
 そんな事を考えていると女性の声に呼び止められた。
「すみません、本を探しているんですけれど」大学生風のその女性はかごの中に数十冊の文庫本、新書、単行本を詰め込んでいる「山田小太郎って作家さんの文庫本なんですけど、この欄に無いみたいで――」
 黒井は文庫本コーナーを見て回る。100円コーナーには無かったが、プロパーコーナーには他の本の隙間に隠れて一冊の薄い本を発見した。女性は礼を言ってレジへと向かう。
 あの量の本を読むには年単位の時間が必要になるのではないか、普段本をほとんど読まない黒井はそんな事を考えた。あれだけの本を読むという行為に苦行以外の意味や目的を見出せない。珍しい生き物を観察するような目で黒井は店の自動ドアを潜る女性の後姿を一瞥した。
 このアルバイトを長く続けているのだから、本のタイトルや作者名だけは頭の中に叩き込まれている。先ほどの山田小太郎の本にしても、かなり薄い文庫本のため背表紙に書かれた文字を読みながらでは探し難く、背表紙の色合いや字体などを目安にしてあたりを付けていかないと到底探しきれない。本の表面を知っているからこそ探し出せた部分がある。しかし本の内面については全くの無知だった。表紙の裏に書かれたあらすじで大まかな内容を把握している本もあるにはあるが、本のタイトルや作者名の知識量と比較すると本の中身に対する知識は文庫本の1ページにも満たないほど薄い。 ただ黒井はそれでいいと思っている。
 本なんてものはただの虚構だ。
 他人の思想を文字でなぞったところで何の意味があるのだろうか。自分自身には何の影響ももたらさない――M-Pと同じ様なものだ。
 古本屋の店員らしからぬ考えだな、と黒井は思い、シニカルな笑いがこみ上げてきた。


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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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