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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~⑩

第10話「予期せぬ訪問者」

外は雨が降り続いている。

透明な檻で隔離されたこの部室の窓から、時間という濁流に支配された外の世界を覗き見ると、僕は再び読みかけの小説に視線を戻した。

一人きりの部室は不自然なくらい静かでどことなく曖昧な空気で満ちている。ここが現実なのか、夢の中なのか、はたまたあの世の片隅なのか、なんだかよくわからなくなる。ただ細々とした呼吸音を意識するたびに、なんとか自分が生きていることを実感できる始末だ。

先輩2人は何やら就職ガイダンスのようなものがあるらしく、正方寺はバイトがあるらしい。誰か1人2人が用事でいない事はあっても、部室に一人きりという経験はあまりにないため新鮮に感じる。
そもそもそういう日には僕も部活に参加せず帰ってしまうのだが、そうしなかったのは外の雨が余りにも静かにシトシトと降り続いているからだ。

やはり僕は文字通り雨の檻によってこの部屋に閉じ込められているのかもしれない。

部室で一人、檻の蓋が開かれるのを待っている。

――と、そんな幻想に浸っているのにドアの外が何やら騒がしい。女子二人の話声が聞こえ、僕は意識を部室のドアへと移した。

『ここじゃね?』
『でもここ、卓球部の部室って書いてある……』
『いや、上からテープでなんか貼ってる』
『えっと、えっと、弓、単、言……』
『これって弾き語りって書いてあるんじゃね? てか、字が下手すぎてウケるわ』
『よしっ! じゃあ開けるから、珠美ちゃんも一緒に入って来てね』
『えーひまり一人で行けばいいじゃん』
『やだよー、お願い一緒に来て!』
『わかったわかった』
『じゃあ開けるね、行くよ?』
『わかったわかった』

「お邪魔しまーす」

そこでやっと女性二人が部室のドアから顔を覗かせた。

先に入ってきた方は長い黒髪で前髪がパッツンの女性だ。淡い青色でふわふわした感じの長いワンピースの上にカーディガンを羽織っている。
それに続いて入ってきたのは茶髪でセミロングの気の強そうな女性だ。首元がゆったりした長袖Tシャツを着て、下は黒いレギンスの上にジーンズ地のショートパンツを穿いている。
おそらく前者が「ひまり」さん、後者が「珠美」さんだろう。

そこで僕はひまりさんの手にギターのハードケースが握られている事に気付いた。

「えっと私2年の金谷ひまりと言います。こっちは付き添いで来てくれた清里珠美ちゃんです」
「てか、あんた一人?」清里珠美さんが唐突に切り出す「あのイケメンさんはいないの? ほらこの前の新歓で漫才やってた」
漫才なら自分もやっていたのだが、彼女が言っているのは正方寺の事で間違いないだろう。しかし今の聞き方は自分が漫才の片割れだと気付いてないような言い方だった。ステージでライトに照らされてすら、自分の顔が認知されていない事にほんの少し落胆を覚えた。
「失礼な事言っちゃだめだよ」金谷ひまりさんが清里珠美さんの暴言を窘める。「私たち実はお願いがあってきたんです」
「お願いって?」僕は立ち上がり、部室の中央に置かれた四人掛けテーブルの片側を二人にすすめ、その向かい側に自分も座る。
「このギター、おじいちゃんの形見なんですけど――」テーブルの上にギターのハードケースが置かれた「壊れちゃってるみたいで、直せるか見て欲しいなって思って来たんです」
楽器店に持っていけば済む話のような気もするけど、行き慣れていない人には敷居が高いのかもしれない。僕は二人に断ってハードケースを開けた。

「おお、YAMAHAのFGだ」YAMAHAのヴィンテージアコースティックギターだ。僕の使っているギターもYAMAHAなのでなんとなく親近感が湧く。

ギターは弦が3本切れているだけだった。
べっ甲柄のピックガードに擦り傷が見られ、ペグの部分に若干錆が出ているが、それ以外は至って良好な状態だ。ネックが若干順反り(弦のある側に曲がっている)気味だが弾く分には問題なさそうだし、直すつもりなら近所の楽器店に頼めば事足りる。

その事を伝えると二人は心底ほっとしたようだった。

「ひまりのじいちゃん、あたしらが小さい頃いつもそのギターを弾いて聞かせてくれてたんだよね」清里珠美さんが言う「じいちゃんが亡くなってひまりがこのギターを譲り受けたんだけどなんか壊れてるみたいでさ。もう二度とあの音が聞けないのかって思ったら、なんかさみしくなっちゃってね」
「ふーん」僕はその話に耳を傾ける。一本のギターが背負う思い出、というシチュエーションになんだか胸が揺さぶられる。

「直るってわかってほっとしました」金谷ひまりさんが丁寧に頭を下げた「ありがとうございました。楽器屋さんに行って弦の張替えをお願いしてきます」
「あ、ちょっと待って」僕は自分のギターのソフトケースから予備の弦を取り出した「今ここで替えてみるよ」そんな言葉が口をついたのは、このヴィンテージギターの思い出が染みついた音色を自分も聴いてみたい、という下心があったからだろう。

最初は遠慮していた金谷ひまりさんだったが、僕が自分の下心を打ち明けると「それじゃあ、お願いしようかな……」と申し訳なさそうに言った。

僕は作業を開始する。

「えっと、お名前を伺ってもいいですか?」金谷ひまりさんに訪ねられ僕は自分が未だ名のっていないことに気付く。
「平均です」
「平さんも、この前の新歓で漫才をしてましたよね。面白かったですよ」
「いやぁ――」面白かった部分は完全に社交辞令だろうが、金谷ひまりさんは僕の顔を覚えていてくれたらしい。それが少しうれしくて、なんだか照れ臭かった。
「え、あんたがあのイケメンさんの相方?」清里珠美さんはやはり気付いていなかったようだ。

「完了です」ギターの弦を張り終えると僕はギターを抱える「では、ちょっと弾かせてもらいますね」
頭の片隅にコード進行が残っていた昔のフォークソングを弾いてみる。

小さなガラス同士が空気中でぶつかり合うような繊細な音色だった。弦一本一本の音が立体的に浮かび上がり、それらがガラスの糸となって互いにぶつかり合い絡まり合う。その時に歯切れの良いきらびやかな音色が生まれ、欠片のように空気中に散りばめられる。
素直にいい音だと思った。
製品の質もさることながら、今までの奏者が大事に扱っていたのが良くわかるやさしい音。

「おじいちゃんの音だ」金谷ひまりさんは呟いた。

弦代を渡そうとするのを固辞すると、二人はお礼の言葉を述べて去って行った。

また一人きりになった部屋で、僕はこの弾き語り部門にしては珍しい出来を回想する。
心が中心から温められていくような感覚に、自然と笑みがこぼれた。

人の役に立てるのはうれしいものだ。

爪弾きものの弾き語り部門として、お世辞にも人のためになるような事をしているとは言えない僕にとって、その小さな感謝の言葉は何物にも勝る報酬だった。

雨はまだ降り続いている。

今日会った二人の女性が、今後の弾き語り部門を――僕の青春を大きく変えていくことになろうとは、雨に魅入られぼんやりと窓の外を眺めていたあの時の僕には知る由もなかった。
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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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