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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~⑥

第6話「弾き語り部門の熱い夜(前編)」

「頼みがある」五智先輩が言った「ライブに助っ人として参加して欲しい」
当然、僕と正方寺は首を傾げる「え、ライブって何のライブですか?」

「えっと、だな――」五智先輩の説明を要約するとこういう事らしい。

五智先輩はとあるギター教室で講師のバイトをしている。今度ギター教室でライブ形式の発表会を行うのだが、生徒はもちろん講師である2人(正式な講師とバイトの五智先輩)も発表を行う事になった。ライブ形式のため、生徒たちはそれぞれ必要な楽器の経験者なりを助っ人として集める事になる。講師2人も演奏を予定している楽曲にツインボーカルが必要なため、助っ人としてボーカルを探さなければならない。それで僕たち2人に白羽の矢が立った。場所は駅前の音楽バー。発表会の後にはお酒が提供されちょっとした懇親会が催される。是非参加して欲しい。

「ソファーズを2曲をやろうと思っている」
「ああ、ソファーズですか。なら確かにボーカルが2人必要ですね」ソファーズは今から20年前くらいに結成された3ギター2ボーカルの珍しい形式のアコースティックバンドだ。テレビの音楽番組などで目にする事はほとんどないが、今での根強いファンを持っている所謂『知る人ぞ知る』系のバンドだ。

五智先輩はバンドスコアのコピーを広げた。
「正方寺がメインで、平にはコーラスを担当して欲しい。サイドギターのコード弾きは平、私と先生でリードギターを担当する」
ソファーズは2本のアコースティックギターが織り成す掛け合いのようなアンサンブルが特徴だ。二つの音色が互いに競い合いながら地平線へと駆け抜けていくような疾走感が心地いい。
僕はバンドスコアに目を落とした。どちらの曲もコードでリズムを刻む分には特別難しい事もなさそうだ。やってやれないことは全然ない。
「出来そうか?」
「多分」自信はあるが言葉を濁すのは僕の性格ゆえだ。
「やってやるっすよ」正方寺は力強く答えた。久しぶりのライブに興奮を抑えきれないといった様子だ。

「と、いう訳だ。いいか杉田?」

「ん、いーんでないの?」それまで会話に口を挟まず堅あげポテトを齧りながら雑誌を読んでいた杉田先輩だったが、五智先輩の問いかけに空返事で応える。
目線は雑誌に向けられたまま。

五智先輩の眉間に一瞬だけ皺が寄る。

「リーダーの許しが出た。発表会は2週間後だ。少し合わせてみよう」

それから2週間は、弾き語り部門には珍しく音楽的に充実した2週間となった。

先生との合同練習は日程の都合で出来なかったが、改善して行くべき点は熟練のギタリストである講師2人よりも僕と正方寺にある。3人で息の合った演奏が出来れば、それに先生が上手く合わせてくれるだろう、というわけだ。

コードでジャカジャカ弾くだけといっても、歌いながらみんなに合わせるとなると、なかなか難しいものだ。どうしても歌の方につられてしまいギターが走り気味になる。自分の意識を二等分して歌とギターに分配する――なんて芸当は頭では分かっていても実際に出来るものではない。
重要なのは歌もギターも何も考えずにこなせるくらい身体に覚えこませる事。
そうしない事には、とてもじゃないが他の人の演奏を聞いてそれに合わせるなんて出来やしない。
ドラムやベースがいればそれに合わせて演奏すればいいんだろうけど、今回はギターが三本のみ。
お互いがお互いのメトロノームになるしかない。

杉田先輩は堅あげポテトをかじりながら「平ちゃん、また走り気味じゃね?」とちょくちょく突っ込みを入れてきたが、それも自分を客観的に見る上ではいい忠告になった。

最初の1週間で形になってきた。

次の1週間は3人で合わせる事を楽しんだ。

そして、発表会当日になった。

発表会は19時からだが、準備もかねて15時には音楽バーに顔を出す予定だった。準備が終わったら少しばかり4人で合わせてみよう、という思惑がある。
ギターを背負って原付をとばす。
駅裏口の駐輪場に原付を止めて駅の表口に出たところで正方寺に会った。
「なんか緊張するな」僕が言う。
「こういう緊張って毎回あるけど、だんだんと快感に思えてきたよ」正方寺が返す。

音楽バーは雑居ビルの三階だった。エレベーターを降りるとそこがバーの入り口になっていて、慣れない雰囲気に気圧されながらも扉を開けた。
「ああ、来たか」マイクのセッティングをしている五智先輩がこちらを見て手招きした。
「お邪魔しまーす」この挨拶が適当かは不明だが、肌に合わない空気の中に飛び込んで行く事に対する若干の戸惑いが言葉となって口からこぼれた。こういう店に入るのは初めてだし、髪を逆立てた兄ちゃんや、ピンクの頭のギャルなんかが入り浸っているようなイメージがあって、何となくだが場違いな気がしてしまう。
中はけっこう広々としていて、右手にカウンターテーブル、左手にコの字型に並んだソファーとガラス製のテーブルが置かれていた。奥の方がフローリングになっていて、そこに様々な音楽機材なんかが並べられている。

「ああ、君が助っ人君たちか、よろしく」五智先輩の隣に立つスキンヘッドで温厚そうな目をしたおじさんが笑いかけた。おそらくこの人が先生だろう。
「よろしくお願いします」僕と正方寺がハモった。

それからマイクやアンプのセッティングを先生や五智先輩に言われるままに手伝った。音声マイクとギターを拾うマイク(サウンドホール辺りにマイクを当てている)の調整が済んでから、一度4人で合わせてみる。音の強弱などの調整が主だったが「うん、歌も演奏も問題ないよ。本番が楽しみだね」と先生は笑った。どこか人を安心させる声だった。

17時を過ぎた頃から参加者たちが集まり始める。
保護者同伴でくる中学生から、中年のおじさんたちまで、年齢層は実に様々だった。
僕は演奏順が記載されたA4用紙に視線を落とす。
『先生方バンド』は演奏会のトリだった。
だんだんと「演奏する」という実感が湧いてくる。待合席もかねたソファーに座り、意味もなくギターのチューニングを合わせなおしたり、指板に滑りを良くするオイルを塗ったり、落ち着き無く動き回った。

日が傾き、霧のような闇が部屋へと染みこんできた。
誰かが照明でステージを照らす。
光のナイフで空間が切り取られ、別の次元へと通じる扉が開かれる。
そこは昼と夜、光と闇が逆転した世界だ。
そこに立ちこちらを振り返った時、今いるこの世界はどのように見えるのだろうか。

そこで僕たちは演奏するんだ。

身体が震えた。
恐怖や不安ではない。多分武者震いという奴だ。

ドン!

突然、大きな音がした。

夢想から引き戻された僕は、音がした方に目をやる。

先生が左腕を抑えてうずくまっていた。
「大丈夫ですか!?」生徒たちが駆け寄る。
「ははは、ちょっと足を滑らせてしまってね」先生は笑ったが、右手は左手首を押さえていた。
「捻挫ですか?」五智先輩が言う。
「多分ね。でも弾く分には――」右手を離すと先生の顔が歪んだ「折れたりはしてないだろうけど、けっこう痛いね」
「安静にしているべきです」五智先輩はそう言うと、バーのマスターに氷嚢を作ってもらい先生に手渡した「演奏は――無理ですね」
「しかし」先生は言う「リードギターが2人いないとあの曲はさまにならないよ。せっかく助っ人の2人にも来てもらったのに、それじゃあかわいそうじゃないか」
「平!」五智先輩が僕をみる「お前、リード弾けるか?」
僕は首を振った。練習していない曲のリードギターを本番で弾けるほど僕は上手くない。
「だよな」五智先輩はそう呟いて腕を組んだ。

数分間の沈黙。

そして言った。

「杉田に、来てもらうしかないな」
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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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