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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~①

第1話「曇天大学軽音楽部弾き語り部門」

町外れの小高い丘の上に佇むこの私立曇天大学に入学して2回目の春が訪れた。
春は始まりの季節であり、変化の季節でもある。今までの自分という残雪は春の陽気に解かされ、芽吹く桜のつぼみと共に新たな僕への希望が膨らんでいく。
そんな詩的なことを考えながら、僕は部室の扉を開けた。
その扉に書かれた「卓球部」の札がバツ印で消され、「弾き語り部門」と下手糞な字で書かれたガムテープが貼られている事には、努めて目を瞑った。

「お疲れ様です!」いつもよりちょっと元気を出して、力いっぱい扉を開ける。

しかしそこには、桜が咲き誇る河川敷の外れに架かった橋の下に作られたダンボールハウスの中で第3のビールの缶を名残惜しそうに傾けている中年のおじさんが放つような、そんななんともやりきれない哀愁を含んだ空気が渦巻いていた。

曇天大学、軽音楽部、弾き語り部門部室(兼卓球部部室)。

それは、いつもと変わらない春だった。

僕の名前は平均(たいらひとし)。大学2年生だ。
名は体を現すという言葉を地でいっている僕はとにかく何かにつけて平均的だ。この弾き語り部門の活動に関しても、歌、ギター、ブルースハープなど、そこそこの楽器がそこそこに出来るというなんとも微妙な立ち位置である。

「おっ、平ちゃん乙」
ソファーに寝転がって堅あげポテトをがりがり齧っているのは3年の杉田三郎(すぎたさぶろう)先輩。この弾き語り部門のリーダー的存在だが、いつもヘラヘラしていて(自分が)面白いことを第一に追求するタイプだ。そして、この人が音楽活動をしている姿を僕は見たことが無い。

「おう」
そう一言だけ返したのは3年の五智哲夫(ごちてつお)先輩。床に胡坐をかいてアコースティックギターのチューニングを合わせている。寡黙で何を考えているのか良くわからない先輩だが、ギターの腕前だけは天才的だ。

「お疲れさまぁ」
椅子に座って音楽雑誌を読んでいるのは僕と同じ2年の正方寺陽介(せいほうじようすけ)。類まれなる美声と歌唱力の持ち主であり僕が新歓コンパのカラオケで発掘してきた逸材である。しかし本人は偉ぶることもなく、僕の期待に応えようといつも一生懸命に頑張ってくれる。

こんな僕たち4人が属するのが、軽音楽部の中に作られた一部門「弾き語り部門」である。

しかし、黙認されているとはいえ、僕たちの存在は軽音楽部から煙たがられているらしい。

一年前の春、大人気の軽音楽部にアコースティックギターを携えて入部した僕は、たくさんの友達に囲まれ、女の子にはキャーキャー言われ、男女数人のグループで夏はBBQ、冬はスノボに明け暮れ、オフの日は彼女と昼間までベッドでイチャイチャする――そんな明るい大学生活、いやキャンパスライフを送るものと考えていた。

しかし現実は違っていた。

自己紹介で僕が「アコースティックギターをやっています、好きなミュージシャンは『かぼす』です」と言った時の、軽音楽部部長の『やれやれ困った勘違いちゃんが入り込んじゃったよ』然とした表情は今でも忘れられない。
好きな音楽としてよくわからない洋楽バンドやインディーズバンドを挙げた人達が、サブカル系女子っぽい女の先輩にちやほやされる中、「あ、君はこっちね」と僕一人だけがこの部室に連れてこられた。

扉を開けた時の『僕の青春は今終わった』感はハンパなかった。

あの時も杉田先輩は堅あげポテトを齧り、五智先輩はひたすらギターチューニングを合わせていた。
「ここ、卓球部の部室って書いてありますが」
僕が尋ねると、杉田先輩がニコニコしながら「ここは卓球部の人にお願いして間借りしているんだよ」と教えてくれた。
最初はすごく優しそうな先輩だなぁと思ったが、後日、卓球部部長の恥ずかしい写真を脅し道具に、部室へのソファー導入を脅迫している姿を目撃してしまい「ああもうやっぱり僕の青春は終わってたんだ」と再認識する羽目になる。

あれから1年が経つのかと僕はしみじみ思う。
人間とは不思議なもので、どんな環境でも住んでしまえばそこに適応できるみたいだ。
最初のうちは「ちゃんと練習しましょうよ」と先輩たちに抗議していた僕だったが、気付けばこのダラダラした空間に感覚までもが侵食されてしまっている。
鞄から読みかけのマンガ本を取り出しながら、そんなことを思った。
多分正方寺も同じ様な心境だろう。弾き語り部門の建て直しを図って彼を引き入れたはずなのに、いつの間にかミイラ取りがミイラになっていた。

『僕の青春、これでいいのか?』

でも、この問いは今でも僕の心の中にある。小さくても確かに存在している。

「よーし、みんなそろったね」堅あげポテトの袋をゴミ箱に投げ込み、杉田先輩が立ち上がった「これからの俺たちの活動について、ちょっと話し合いたい事があるんだ」

これからの『活動』?

皆が手を止め、驚愕の表情で杉田先輩を見る。

こんな事は僕が入部して以来、初めてだった。

僕は運命の歯車が軋みをあげながら動き出す音を聞いたような気がした。
春の風に、暖かな日差しに、若葉の色に魔法の力があるとしたら、きっとこんなふうに唐突に、僕たちの生活を大きく変えていくのかもしれない。

空は青く、どこまでも澄み渡っている。

杉田先輩は細い目を見開くと、小さく息を吸い込み、言った。

「この部屋に空気清浄機をおきたいと思うんだけど、そのためには卓球部の部長を脅す新たな材料が必要になるんだ。みんな、協力してくれる?」

杉田先輩の鼻から鼻水が一筋の雫となって流れた。

それは死にかけの青春が流した、一粒の涙のようだった。

やっぱり、僕の青春は終わっていた。

そして――
弾き語り部門の、鼻水のようにダラダラとした一年が、また始まろうとしている。
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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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