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透明という色-3

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「宮内アヤカですか。ただ今調べますので少々お待ち下さい」アルバイトの女性書店員は愛想良く手元のパソコンで店内の商品情報を検索してくれていたのだが、急に沸き起こった嫌悪の感情が、厚化粧で整えた愛想笑いを歪ませた事に藤巻は気付く。
 あの夜から数日後、藤巻は近所の書店内をぐるぐる回っていた。古本屋ではなく新品を取り扱う書店に足を運んだのは、彼女に対する少しばかりの償いの気持ちからだ。文庫本、もしくはハードカバーの単行本コーナーに「宮内アヤカ」名義の本が並んでいるものと踏んでいたが、いくら店内をぐるぐる回ってもそれらしい本は見当たらない。
 仕方なく藤巻は近くに居た女性店員に声をかけた。
 店員はレジ横のパソコンで検索し、そして嫌悪感を示した。
「こちらです」愛想笑いを捨て去った女性店員は藤巻を文庫本の並ぶ一角へ案内する。そこは先ほど店内を探し回った時に唯一目を通さなかった場所だった。
『官能小説コーナー』
 藤巻は唖然とした。
 女性店員が指差す先には確かに「宮内アヤカ」と書かれた本が数冊並んでいる。
 動揺した藤巻は「え、あれ?」とぼそぼそ呟きながら、照れ隠しに女性店員の顔を見て愛想笑いをした。
女性店員は道端に転がる野良犬の排泄物を見るような目で藤巻を見ていた。『女性店員に性的な本の並ぶ場所をあえて尋ね、戸惑う様を見て劣情を満たす一種のセクシャルハラスメント』を行った男性客に対し『私はその程度でかわいらしく動揺するような弱い女じゃない。あんたのセクハラには屈しない』と牙を剥いている。
「あ、ありがとうございました」
 藤巻がとりあえずお礼を述べると、女性店員は「ふんっ」と鼻息を鳴らしてレジへと戻っていった。
 官能小説コーナーの前に残された藤巻は、考えた挙句「宮内アヤカ」と書かれた本を全て掴むとレジに並んだ。
 それは、本当にこの本を買いたかったのであって決してセクハラをしたかった訳ではない、とのセクハラ疑惑に対する抗議の意思を多分に含んだ行為であったが、例の女性店員は売り場に出ており、レジを担当した大学生くらいの男子店員に『お客さんぱねぇすね』と軽蔑、ある意味尊敬の篭った目で見られただけだった。
 紙袋に入った4冊の官能小説を軽自動車の助手席に転がす。エンジンをかけながら藤巻はあの夜の事を思い出していた。
 あの時彼女から感じた何か――その何かを探りたいという思いが、宮内アヤカへの妙な執着となって藤巻を突き動かしている。その答えの一端が彼女の書いた本に記されているかもしれない、そんな淡い期待を持って書店に向かった結果が4冊の官能小説とは、全く予想していなかった。
 17時の街はまだ活気に満ちている。
 夕日によって作られた長い影を引き連れながら、人々はまるで影と社交ダンスを踊るかのように街を闊歩する。
今の自分には影があるのだろうか、ふとそんな疑問が藤巻の脳裏を霞めた。
何気なく夕日に向かってかざした手は、波打つ赤い球体を簡単に掴みとってしまった。この身体が透明でない事に、自分は落胆しているのだろうか、それともどこかで安堵しているのだろうか。
 男子高校生数人が舗道を歩いている。
 彼らの影は、自分よりも明らかに色濃いような気がした。

 宮内アヤカは官能小説家だった。
 その事実は、火花を散らしていた線香花火が唐突に地面へと吸い込まれてしまったような、シャボン玉が屋根に届く前に壊れて消えてしまったような、そんなある種のあきらめを含んだ喪失感を藤巻に与えた。
 あくびをかみ殺したあと、クッションの上に投げ捨てられた紙袋から本を取り出し、裸の女性が描かれた表紙を眺めてみる。豊満な肉体を持つその女性の姿は、この本を書いた女性の骨ばった指先や、やせ細った首筋や、病的に白い頬の上に二つ並んだ草食獣のような黒い目とはまるで重なり合わない。
 全てがちぐはぐなような気がする。
 しかし、そのちぐはぐさに対しての関心が磁石のように藤巻を惹きつける。
 氷を入れてグラスに半分ほど注いだウイスキーをちびちびと飲みながら、藤巻は宮内アヤカの書いた本を開く。
 
 一日の終わりにほんの数章だけ彼女の書いた官能小説を読む、そんな日々が始まった。
 その日々の中で、最初に感じたちぐはぐさはより明確なものとなっていった。

 この小説は官能小説の姿を借りた別の何かだ。
 文章は確かに官能的であり、複数の男女の淫らな性交が書き連ねられている。そのあられもない描写に劣情を感じなかったかといえば嘘になる。しかし一見性的な興奮を煽っているようにしか見えないその文章の節々には、違和感という苔がこびりついていた。
 その違和感は、恋人を待つ女性が不意に見上げた夕日や、性行為の後に薄闇の中で見た時計の光る文字盤や、様々な体液の名残が混じった風呂の残り湯が作る渦の中に、渓流の岩陰に住むカワゲラの幼虫のようにひっそりと身を潜めている。
 その正体は何なのか藤巻は考える。
 そして「感情」という言葉が脳裏を掠めた。
 ご都合主義的に男女の性行為が繰り返されるファンタジーの合間に、登場人物の放つ生々しい「感情」が忍び込ませてあるのだ。読者の欲望を満たすためだけに作られた傀儡達が時には大げさに愛を叫び、時には不自然なほど甘ったるい嬌声をあげ、快楽にのみ反応し白い2本の太い触手を広げる。そんな混沌とした世界の中に感情が星屑のようにちりばめられ、はかなげな輝きを見せていた。
 土くれと枯れ草と茶色い蔦が絡み合った荒地に、点々と根を張った草花が小さく赤い花を咲かせている――それは美しい絵画のようだった。
 小説を読み始めて数週間後、最後の一冊を閉じた藤巻はそのまま布団にもたれこんだ。
 BGMで流していた音楽が急に存在を主張しだす。
 学生時代に繰り返し聴いていたロックバンドのデビュー曲だ。テレキャスターのガチャガチャとしたカッティングが藤巻の脳内を埋め尽くす。この音に自分自身が完全に支配されてしまったらどんなに幸せかとも思ったが、今度は思考が音の洗脳を押しのけて主張しだした。
 あの夜感じた何かは一体なんだったのだろうか。
 彼女の過去ともいえる作品を読み終えてなお、その答えは厚いカーテンの向こうに隠れたままだ。しかし作品を通して見られた「感情」の切れ端がわずかな風を生み、カーテンが少しばかりたなびく瞬間も確かにあった。
 もう一度、彼女に会わねばならない。
 そう藤巻は思った。
 それで何かが変わるのか、今の自分を包む透明な雰囲気へ何かしらの影響をあたえる――あたえてくれるのか、それは解らない。
 ただこのままで居たら何も変わらないだろう。
『今度は昼間に玄関からお願いね』
 彼女の言葉を思い出した。

-4 へ続く
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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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