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恐怖心の文章化その2

『海』


僕は学校からの帰り道が嫌いです。
先生が見ていないからって、トオルくんとケイスケくんが僕を叩くからです。
今朝は雨が降っていたので2人とも傘を持っていました。その傘の先で僕の頭を叩いたり、曲がっている部分で僕の足を引っ掛けたりするのです。僕は勇気を出して「やめてよ」と言ったのですが、2人とも僕の顔を見てニヤニヤ笑うだけで、やめてはくれませんでした。

海の近くまで来ると僕と2人は別の道に分かれます。帰る家の方向が違うからです。トオルくんが「また明日もあそんでやるからな」と言いましたが、僕は全然嬉しくありませんでした。
二人とさよならして、ほっと胸を撫で下ろしました。この道に入って始めて、僕は辛い学校が終わったと実感する事が出来るのです。
足元の石ころを蹴飛ばしながら、僕は海沿の道を歩いていきます。
「こんにちは」と挨拶しながら、漁師のおじさんや魚を容器に並べているおばちゃんの横を通り過ぎました。コンクリートの地面の向こう側に広がる海では、冬のプールみたいに濃い緑色をした水が揺れていました。
漁師のおじさんやおばさんが見えないところまで歩くと、道は二又に分かれます。左の山の方に向かってゆるいカーブを描いている道と、このまま真っすぐ海沿いを通る道。
どちらに行こうか。
家に帰るなら、迷うことなく山の方に向かう道を選ぶべきです。その道はやがて人通りの多い大きな道につながり、その向こうに僕の家があります。
反対の海沿いの道はしばらく歩くと行き止まりになっているため、あまり通る人が居ません。昔はこの先に船着場があったとお母さんが言っていましたが、今はそこもなくなってしまってこの道だけが残っているらしいです。
「海に落ちると危ないから、古い船着場の方に行ったらだめよ」といつもお母さんは言っていました。たしかに道の端には足首くらいの高さの出っ張りがあるだけで、その先は深い海が口を開けています。もし落っこちても誰にも気付いてもらえないよ、とお母さんはいつも決まって恐い顔でそう続けます。確かに、僕もこの道の先で人を見かけたのは今まで2,3回くらいしかなかったような気がします。どちらも釣り糸を垂らした見かけない顔のおじさんでした。
でも、僕はこの海沿いの道が好きでした。
誰にも邪魔されず一人で道の端に腰掛け、足をぶらぶらさせながら波の揺れを見ていると、僕は海という大きなお母さんに抱っこされているような気持ちになって、なんだかすごく安心するのです。
だから僕は、トオルくんやケイスケくんに叩かれた日には、決まって海沿いの道を歩く事にしていました。

『この先行き止まり』と書かれた看板を横目に、ポールに張られた鎖を潜って僕は海沿いの道を進みました。向かう先は道の半分を少し過ぎたあたりです。そこはちょうど道の端の出っ張りが途切れていて座りやすいのです。
いつもの場所に、いつも通りの体勢で座ると、いつものように遠くの水平線を眺めました。秋も終わりが近いので、冷たい風のなか海の上を漂っている一隻の漁船も、なんだかすごく寂しそうに見えました。
続けて僕は足元に広がる海を見ます。
僕の靴の1メートルくらい下で、濃い緑色の水と白い泡が揺れています。
ここの海はすごく深いとお母さんが言っていました。僕の学校が全部沈んでしまうくらいらしいです。そう考えると、僕は足の先がジワジワむず痒くなりました。僕は高いところが苦手なのです。

そして僕は初めて、そいつの存在に気付きました。

水中に二つの白くて丸いものが浮かんでいるのです。
それはドッジボールくらい大きく、中心には握りこぶしくらいの黒い円が見えました。
僕にはその丸が、何かの「目」のように見えました。

そう、それは目でした。
見たこともない巨大な生物の目が、僕の方をじっと見ていました。

海の水は濃い緑に濁っていて、そいつの体をぼやけさせます。
押しては返す波が海の水の色合いを変えるたび、その下に潜んでいるそいつの黒い輪郭が表われては薄れていきます。
白い二つの目を中心に、楕円形の輪郭がぼんやりと見えました。
空き地に捨てられてボロボロになったゴムタイヤみたいな質感で、表面にはところどころ白い粒が付着しています。多分テトラポットの表面にくっついているみたいな貝の仲間が、こいつの表面にも同じ様にくっついているのでしょう。
長い間、じっと、こいつは海の中に佇んでいたのでしょうか。
ぼんやり見える輪郭から下を僕は想像しました。
打ち寄せる波の下でもまったく動かないのは、こいつが海底に足をつけて立っているからかもしれません。両足をしっかり海底の砂に潜り込ませ、僕が夜空を見上げるみたいな姿勢で、じっと海面を見上げているのかもしれません。
そうだとしたらこいつは、なんて巨大な生き物なのでしょうか。
クジラ、サメ、大王イカ、そんな海に住む巨大な生き物と目の前のこいつを照らし合わせてみましたが、そのどれとも違っていて、そのどれよりも大きな生き物だと感じました。

その目は、海上から見下ろす僕の姿をじっと睨んでいるようでした。

どれくらいの時間、僕はそいつと睨み合っていたのでしょうか。
数分間のような気もしますが、数時間を無理やり数分間に押しつぶしたみたいな、そんな不自然な時間の流れを感じていました。
そいつはゆっくりと、僕から目を逸らしました。
緊張による金縛りが解け、重石を乗せられたようなダルさが全身を襲いました。暑くもないのに体中に汗が滲んでいて、冷たい風が吹くと体温が急激に奪われていきます。コンクリートの地面に倒れこみたい気持ちになりましたが、この海の中にいる何かから目をそらす事が恐くて、じっと同じ体勢を続けていました。
その目は見開かれたまま全く動きません。

だんだんと、好奇心が恐怖を包み込んでいきました。

水中で僕を見ながらも何も行動を起こさないこいつは、僕にとって何の害もない生き物なのかもしれません。
水面という薄い境界線が、分厚い強化ガラスの板のように僕とこいつの世界を隔てている、そんな気がしました。
そんな気持ちで心が満たされると、水族館で珍しい魚を眺めているみたいな安心感が芽生えてきました。ガラスの板を指先でコツコツと叩きながら、中の魚たちの反応を楽しみたい、そんな余裕さえ生れてきました。
だから僕は、手元に転がっていた小石を掴むと、そっとそいつの目に向けて落としました。

小石は真っすぐに目玉の方に落ちていき――

目にぶつかりました。

眼球が動き、僕の姿を捉えました。

覚悟はしていたものの、急に睨みつけられ僕はビクッと身震いしました。
立ち上がろうとして足を動かしたそのとき、靴の踵がコンクリートの壁面にぶつかり、右足の靴が水面に落ちてしまいました。
僕はそれを拾い上げようとして――慌てて手を引っ込めました。

水面に裂け目が出来ています。
二つの目の下、口のある部分が大きく裂け、靴が水流と共に裂け目へと流れ込んでいきました。

ぶ厚いガラスの板に、ひびが入る瞬間でした。

食べようとしているんだ。

それに気付いた瞬間、僕はバネみたいに跳ね起きると、さっき来た道を全力で駆け戻っていました。

食べようとしていた。
あいつは、僕を食べようとしていた。

噛みしめた奥歯ががちがちと音を立てています。
家の前の通りまで来たところで初めて、靴下越しに足の裏に突き刺さる小石の痛みに気が付きました。
玄関で靴を脱ぎ、出したばかりのコタツにもぐりこむと、僕は赤くなった右足の裏をさすりながら、あの巨大な生物がなんなのか、それだけを考えていました。でも、考えたところで何も分からず、想像は想像のまま頭の中をぐるぐる回るだけでした。

やがて氷のような僕の緊張も、コタツの温かさで徐々に溶けていきました。
気が付けば、夕日が窓から射し込んでいました。

   ○

次の日の帰り道も、またトオルくんやケイスケくんに叩かれました。
木の棒で頭を三回叩かれて、痛くて涙が溢れました。
その涙を冷たい海風が乾かした頃、僕は再び二又の道の前で立ち止まっていました。
優しい海に慰めてもらいたい、そんな昨日までの感情は全く起きませんでした。
ただこの先のあの場所で、まだあいつが水面を見上げているのか――その好奇心だけが呪いみたいに僕の心を握りしめていました。
お母さんと一緒に恐い映画を見ていると、主人公は自分から進んで悪い人や怪物に近づいていっているように感じることがあり、不思議に思っていました。
でも実際自分が同じ様な立場に立つと、なんとなくその人達の気持ちがわかった気がしました。
その気持ちは『よくわからないもの』を『よく知ってるもの』に変えて安心したいという感情から来るのかもしれません。

僕は「よし」と頷くと再び鎖をくぐりました。

いつも座っている場所の近くで立ち止まり、恐る恐る海に近づこうとしたその時、
「あーいけないんだ、いけなんだ!」とトオルくんの叫び声がして僕は後ろを振り返りました。そこには腕組をしたトオルくんとケイスケくんが立っていました。
「おめー、ここは立ち入り禁止なの知らないのかよ?」トオルくんがいいました。
「看板に書いてあるのに、読まなかったのかよ」ケイスケくんが僕の腕を掴み、そのまま後ろで手を絡めて羽交い絞めにしてきました。
「悪いやつには罰が必要だ」トオルくんはそう言うと、僕のお腹を蹴り上げました「どうだ、必殺のサンダーローリングキック!」
「や、やめてよ……」僕はそう叫んだつもりでしたが、吐き気で痙攣した喉からは風の音みたいな声が漏れるだけでした。
「なに、聞こえねーよ」トオルくんの右手が、僕のお腹を凹ませました「許して欲しかったら罰金100万円な」
「そんな、お金、持ってないよ……」僕は首を振りました。知らない間に口の端から垂れていたよだれが、自分の頬に張り付きました。
「俺の言う事が聞けないのかよ!」トオルくんが僕の肩を押し、僕と、僕を羽交い絞めにしているケイスケくんは、一緒にコンクリートの地面に転がりました。
「トオルくん、やりすぎだよ」困った顔で口だけで笑うケイスケくん。
「おお、わるいわるい」悪びれもせず口だけで謝り、視線は僕から離さないトオルくん。
地面から立ち上がろうとした僕の背中に、トオルくんの体重が圧し掛かりました。
コンクリートの地面に押し付けられたお腹の骨が軋んでいるような気がします。
「重い、痛い、やめて!」僕は叫びました。
「自力でここから出られたら、今日は見逃してやるよ」僕の背中に馬乗りになったトオルくんは、そう言って僕の背中を叩きました。
僕は両腕に力を込めて起き上がろうとします。
でも、僕より一回りも二回りも大きなトオルくんの体はびくともしませんでした。
「カエルみたいでだせー格好」そんな僕の姿をケイスケくんは笑っています。
「ううううう」薄着の肘に小石が突き刺さり、鋭い痛みが襲います。でもその痛みを乗り越えて起き上がらなければ、僕の本当にお腹は潰れてしまうのではないか、そんな恐怖から死に物狂いに両腕に力を込めました。

その時、一際大きい波音が聞こえた気がしました。

「あ、あ、」ケイスケくんの声がしました。

僕は俯いていた顔をほんの少し上げました。
視線の先にはコンクリートの地面、その地面の端から広がる濃い緑色の海。

その海の中から、あいつが顔を出していました。

海面から島のように盛り上がった黒く巨大な頭。テレビで見たクジラの死体みたいに、水で濡れてテラテラと光を反射するその体表には、複数の白い貝が張り付いていました。
そして海面すれすれのところから覗く、二つの巨大な目。
目じりと目頭に赤い血管が波打っている、大きく見開かれた目。
その目は、僕たち三人をじっと見つめているようでした。

「な、なんだよ、あれ、なんだよ」ケイスケくんがぼそぼそと呟きました。
僕は唖然として、あいつの姿を眺めていました。
2人の様子に気付いたトオルくんも、僕から海へと視線を移しました。

そして、水面から現れた、骨ばった長い腕。

その腕がものすごい勢いで伸びてきて、僕の上に座るトオルくんの身体を握り締めました。
間近で見たそいつの腕からは、腐った魚と潮の臭いがしました。

「え、え」何が起こったか理解できない様子のトオルくん。
しかし体を締め付ける圧力に気付くと「あ" あ” あ” ! ぐるじい”!」と潰れたヒキガエルみたいな声を出しました。
僕の背中を生温かいものが濡らします。それは多分、トオルくんのお漏らしでした。
そいつは水面から口を出しました。
黄色くて細かい歯が、赤黒い口の中いっぱいにやすりみたいに並んでいました。
トオルくんはそのままそいつの口元に引き寄せられ、洞窟のようなその口の中に投げ込まれました。
「たすけ――」叫び声はあっけなく途切れました。

そいつの口の端から、赤い液体が一筋こぼれました。

   ○

それからの事を、僕はよく覚えていません。
ただ、次の日からトオルくんは学校に現れず、ケイスケくんもどこかに転校していきました。
転校までの数週間、ケイスケくんは「トオルくんは黒い怪物に食われたんだ」と叫んでいましたが、大人は誰も信じていないようでした。
極端に海を恐がるケイスケくんを気遣って、海のない県の小学校に転校したと誰かが言っていたような気がします。

そして、僕の日常に平穏が訪れました。

あれからあの海には行っていません。
もう、行く必要がないからです。

   ○

そして、俺はしばしの夢想から目を覚ました。

炎天下の海上に救助用のボート一つで投げ出され、数時間が過ぎただろうか。
携帯電話のGPSは作動しているから、運が良ければ、そろそろ救助が着てくれるはずだ。
そう、運が良ければ、だ。
俺は水面を見渡す。
複数の、巨大な目玉が、水面を漂っていた。
この深く広い海の中に、あいつらは何匹生息しているのだろうか。
一匹が水面から頭を出す。
続けて二匹、三匹と、黒くヌメった頭が水面から突き出てくる。
その血走った複数の目は、俺を取り囲むように並んでいる。

トオルくんの最期が脳裏を掠める。

俺のこめかみを、冷たい汗が流れた。


【コメント】
深い海が恐い。
自分じゃ視認できない海の中で、様々な生き物(中には驚くほど巨大なやつら)が存在しているかと思うと気が気じゃない。
ちっちゃいボートで海原をクルージングしている人達なんて、正気の沙汰じゃないとさえ思う。ましてや海峡を泳いで渡るとか意味が分からない。
そんな「海の中に未知の巨大な生物がいたら恐い」を文章化した。
子供の一人称で話を書くという方法を初めて採ってみたが、語彙の少ない子供の表現力で事象を説明する事にものすごく苦労した。
多分、この手は二度と使わない。

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プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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