FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~41

第41話「それぞれの、その日まで その3」

○先輩達の、その日まで

居酒屋という文化は極めて日本的だ。
建前の裏に隠された本音を吐き出すのには、酒の匂いと喧騒で混沌としたこの空間は至って好都合だ。言葉の端にこびりついた目も当てられない負の感情ですら、換気扇に吸い込まれていく煙草の煙のように抜き取られ、あとには笑いと歓声の記憶だけが残る。そしてまた、何事も無かったかのようにいつもの日々。その繰り返しが膨らんだストレスの圧調整を担っている。
彼らにだって悩みはあるし、不安もある。モラトリアムはそこから抜け出すことに莫大な労力が必要となるが故に、先の見えない重圧が心の重石となる。
しかしそれでも彼らは進むしかない。
可能な限り逃げず、腐らず、笑って。

「学祭終わったらさー」4杯目のビールジョッキを傾けながら「いろいと、面倒臭いことが山積みなんだよなー」杉田三郎は溜息のように吐き出した。自身の感じている不安や寂しさを、面倒臭いという怠惰のオブラートに包んで放り投げる。
「卒業研究に、就職活動か‥‥学生の本分であるが故に、今まで通りの生活を、という訳にはいかないな」五智哲夫は日本酒の入ったお猪口を傾けながら頷く。
「ごっちんは就職するんだ」なぜこの場に自分が呼ばれたのか、という心の濁りも酒の力によって真水くらいに薄まっている。そんな国府涼子はカシスグレーフルーツをジュースのように喉を鳴らして飲み干した「杉田くんと2人で、ミュージシャンデビューすればいいんじゃない? ごっちんのお兄さんもプロなんでしょ?」
「ああいう世界は運みたいなものだ。俺の兄貴もほんの少し運が向かなければ今頃別の仕事をしていただろう。努力云々ではどうしようもない」ほんの少し、夢を見るような眼差しを虚空に泳がせ、しかし迷いを断ち切るかのように断言する。
「俺は、院に行くわ」杉田は興味なさそうに呟く「だからごっちんと音楽業界に殴り込みに行ってる暇なんかねーの」
「同感だ」
「けっ、そうはっきり肯定されるとなんか釈然としねーや」そう言って嘲るように杉田は笑った。
その笑いを最後に、各々に所在のない沈黙が訪れる。
それぞれ事情や進むべき道は異なる。しかし何か共通するものがあるからこそ、彼らは今ここで酒を飲み交わしている。それが何であって、どうしたら寂しさや不安を抜き出した上で、それを言葉として形作る事が出来るのか。
そんな事を考えていた。
「そういや、平ちゃんの曲‥‥」杉田が呟く。ジョッキは既に空だ「ダサい曲だったけど、まぁなんつーの? わかる、って感じはしたよな」
今日の昼間に後輩2人がお披露目したオリジナル曲を3人は思い出していた。
「今の俺達の怠惰で甘ったれた日々なんて、ほんと『ばからしい歌』なんだよな」フライドポテトを咥える。
「だが『すばらしい歌』だろ?」そんな五智の返しに、杉田は面食らうも、すぐに頷く。
「そういうこと」

「学祭、頑張らなきゃねー」店を出ると、夜風が涼しさを運んでくる「私も、美味しいたこ焼き作るから、食べにきてよ」
「ああ、わかった」五智が頷く。
「ピンポン玉入れられそうだから、俺はいかねー」杉田はいつものようにふざける。
「杉田くんには、質の高いピンポン玉入れとくよ。スリースターのやつ」
「なんだよそれ、知らねーよ、マニアックだな」ケケケと笑う。
全てが一度しかない瞬間の繰り返しだから、何一つとして無駄にしてはいけない。そんな気持ちを言葉の一つ一つに込めながら、彼らはたわいない会話を楽しんだ。側から見たら頭が空っぽな若者達の会話。しかし彼らは彼らなりに、必死になって日々を刻み付けようとしている。
「あ、ラインが来てる」スマートフォンを取り出した国府の目が、薄明かりを放つ液晶画面を滑る。そしておもむろにその画面を二人に向けた「加奈、学祭来れるってさ!」
二人は何も言わなかった。
しかし、言葉に出来ずとも込み上げてくるものがある事を、国府は知っている。

「いっちょ、やったるか」
駅横のコンビニの角を曲がったところで、杉田がそう呟いた。
多分その時、彼らの気持ちは一つだった。


スポンサーサイト

どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~40

第40話「それぞれの、その日まで その2」

○金谷ひまりの、その日まで

高校から帰ると、リビングでおじいちゃんがギターを弾いていた。
使い込まれたYAMAHAのFGは、張りつめた弦の緊張した歌声を、柔らかく優しい音に変えて響かせる。

おばあちゃんが亡くなってから、おじいちゃんはこうしてリビングでギターを弾くことが多くなった。
「おじいちゃんが弦で、おばあちゃんはギターだった」おばあちゃんがいなくなった事実を受け止めきれなかった幼い私に、おじいちゃんはそう言った「堅物でいつも張りつめていたおじいちゃんを、おばあちゃんは受け止め、響かせてくれた」
最初はよく分からなかったけど、高校生になった今では何となくわかる気がする。
おじいちゃんはギターを弾きながら、おばあちゃんとの再会を楽しんでいるんだ。

「ひまり、帰ったのか? なんだ、そんなとこに突っ立って」どうやら私は、鞄も下ろさずおじいちゃんの弾くギターに聴き入っていたみたいだ「ううん、何でもない」後ろめたさを感じる必要なんて何もないはずなのに、何となく感じた焦りに似た感情を、おじいちゃんの演奏に聴き耳を立てていたバツの悪さで覆い隠し、私は自室へ向かう階段を駆け足で登った。

今、こうしてギターと正面から向き合ってみておもう。
あの頃私は、ギターという楽器に憧れを感じていた。
ううん、ギターといよりも、おじいちゃんとおばあちゃんの関係に憧れ、それを体現しているギターという楽器に興味を持ち始めていた、って言うのが正しいかもしれない。
でも、ピアノだけに向き合ってきた私は、ギターという未知の楽器に触れるのが怖かった。壊してしまうのではないか、傷付けてしまうのではないか、そして逆に、傷付けられてしまうのではないか‥
その頃の私はピアノだけが唯一だった。
私にはピアノしかない、それ以外に何もないし、何もあってはいけない。ピアノの技術を求め、求められる日々の中で、そんな風に自分自身を縛り付けていた。

やがて、珠美ちゃんがピアノを弾かなくなり、ピアノを弾く楽しさがだんだんと分からなくなってきた自分に焦り始める。
私にはピアノしかないはずなのに、そのピアノが、楽しくない。
そんな私の心を、きっとおじいちゃんは知っていた。だからこそ私にこのギターを託してくれた。
ピアノの音が形作る世界だけが、私の世界じゃない。

そしてこのギターは、狭い部屋で膝を抱えていた私の前で、その錆び付いた窓を開け放ってくれた。

壁際のスタンドに立て掛けてある、使い込まれた、でもピカピカに磨き上げられたギターに目をやった。ナチュラルカラーのボディにはいつも通りの惚けた顔が映っている。変わらないようでいて、大きく変わった‥‥変わる事ができた、そんな私が映っている。
ありがとうという感情が自然に湧き上がってくる。
ギターに対して、そしてこのギターによって導き出された数々の出会いに対しての。

窓の外は、秋の風が色付いた木の葉を揺らしている。
がガラスを隔てたこの部屋の中まで軽快で複雑な音の波が流れ込んでくるような気がした。
音楽は耳だけではなく、目で、鼻で、肌で感じるものなのかもしれない。祭りの喧騒の中で、潮騒と混じる夏の海岸で、花火と星と夜風にの匂い中で、私の音楽は確かに記憶として形作られている。そしてこれからも、形作られていくんだろうな。

学祭が近付いている。
私にとって初めての大舞台、そして先輩達と奏でられる最後の大舞台。
気負いはあるし、不安もある。ピアノの発表会を前にしていた時とは違って、失敗のイメージは常につきまとう。
でも忘れちゃいけない。
大切な事は、ギターってーー音楽ってめちゃくちゃ楽しいって事、それだけなんだ。

そうだよね、おじいちゃん、おばあちゃん。
ギターを手に取り、今では慣れた手つきでGのコードを鳴らす。
2人の声が、私の背中を押してくれたような気がした。

プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。