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【茨城県】ひたちなか海浜公園~水戸~大洗水族館 その1

2017年5月5日~6日

○ひたちなか海浜公園

「どっか行っとこう!」
それはこれから先に待っているであろう真っ黒な業務形態や、2人目誕生による外出制限を見据えた末に喉から吐き出された、「せっかくの連休を無為に過ごしたらアカン」っていう俺の心の叫びだった。

しかし金がない…
温泉旅行大好きマンの俺なのだが、安月給の一馬力ではそんなちょくちょく温泉旅館に行ってられる訳がない。
そもそも毎回温泉旅館に泊まる必要はあるのか? と俺は自問自答する。例えば民宿、例えばビジホ、例えば駐車場で車中泊…
そう、大事なのは「どっかへ行くこと」なんだ!
どっかへ行けば、俺の心は癒されるんだ!

冷めた目をしている嫁を強引に説き伏せ、俺は旅行を決行した。

今回は温泉旅館じゃなくビジホ泊。
場所は隣県なのに行ったことのない茨城県に白羽の矢が立った。

そして旅行当日。

天気は晴れ。
まごう事無き快晴である。

嫁はドヤ顔。
まごう事無きドヤ顔である。

お日様と嫁、心地よくもどこかイラっとする2つの笑顔を引き連れて、俺達の旅は始まった。

高速料金節約と、海沿いの道を走りたいというよくわからない欲望を満たすため、磐越自動車道をいわき勿来インターで下り、国道6号線を南下する。目的地はひたちなか海浜公園。今の時期ネモフィラが見頃だそうで、えらい混んでるであろう事が予想される。駐車場に停められるかどうかが勝負の分かれ目だ。
途中通過した日立市(だったと思う)のなんだかよくわかんない近未来的施設に圧倒されて「さすがinspire the nextの日立様や!」と根拠なく大絶賛したりしていると、いつの間にか海浜公園へ着いていた。

IMG_2819.jpg

駐車場は少し離れたところにある空き地みたいなところ。そっから20分ほど歩いてようやく海浜公園のゲートをくぐれた。身重の嫁が心配だったのだが、問題ないとの事。のんびり歩く嫁を気にしながら、はしゃぎ回る息子を追いかけた。照りつける太陽が俺のHPを奪って行く。

IMG_2824.jpg

公園の中もすごい人だ。
インスタバエを気にする女子達が、自撮り棒を振り回している。
カップルはいちゃいちゃしながら、よくわからない花を2人で眺めている。
大学の写真サークルなのか、オタサーの姫ってやつなのか、林の中に立つ女性を複数の男性が本気度が高いカメラで撮影している。
スポット全部ををじっくり見ていると身重の嫁が心配だったので、メインのネモフィラ畑へ足を進めた。

IMG_2836.jpg

空が流れ込んできとる!

たっぷりと絵の具を含んだ筆が空を青く塗りつぶし、そこから滴り落ちた雫で小高い丘が色付いていた。手前に広がる黄色い菜の花が太陽の光冠のようにも見え、対照に位置する2つの空を見たような気がした。
地上の空を分断するのは人々の長蛇の列。
宇宙へと進出する科学の隠喩か、それとも神の住まう国へと向かおうとする宗教感の隠喩か。
なんて事を考えてはみたものの、ここまでの行程で体力を消耗し切っていた俺たちは、結局この列に加わる事なく踵を返した。

IMG_2848.jpg

木陰に腰掛け遅めの昼食をとる。
屋台の前で30分近く待たされた挙句の焼肉弁当は、 空っぽの胃袋に染み渡る美味さだった。

IMG_2846.jpg


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不安と不満で普段が破綻

年度末も近づき、首を傾げたくなるような来年の人事も発表され、会社への不信感がさらに高まっている今日この頃である。

月並みな表現ではあるが、自分の足元が如何に脆いかを思い知っている。
今回の標的は私ではなかった。しかしそれは「今回は」に過ぎないという事を理解し、不慮の事態にも対応できる余裕を見出しておかなければならない。
今の生活の何処にそんな余裕を見出せるのか、具体的なビジョンは何もないわけだが。

会社というものは「義理」や「人情」みたいな漠然とした価値観が根底にあり、それを裏切るような行為がまかり通るのはごく僅かな異端のみなのだと、心の何処かで期待していた。
贅沢せず、身の程をわきまえ、正直に生きてさえいれば、自分の周りの大切な人くらいは守っていけるだろうと考えていた。

過労死だのブラック企業だのが取り沙汰される昨今において、あまりにも甘ちゃんな考えである。

会社は敵ではないが、もちろん味方でもない。
売り上げだとか、成績だとか、そういう数字的なものだけでその人を判断し、基準値より高ければ保留、低ければ容赦無く切り捨てる。
清々しいまでに単純明快だ。
会社の中枢に位置する人達は、エクセルの表計算とかで社員の人生を決定しているのではなかろうか。
折れ線グラフが基準値を下回れば、俺は家族共々有無を言わさず路頭に迷うだろう。

子供の寝顔を見る。

世の中は悪意に満ちている。
自分が基準値を下回らないために、他人を欺し、蹴落とし、時には殺したり殺されたりしながら、みんな必死で自分の生活を守ろうとしている。
みんな死にたくないんだ。
それを悪意と感じてしまうのは、やっぱり俺が甘ちゃんだからなのだろう。

無垢なその寝顔が、他人の悪意に歪むのを想像すると、俺はどうしようもなくやるせない気持ちになる。

溢れ出た水が周りを包み込みながら広がっていくように、他人を押しのける事なく大きくなってほしい。
そういう意味を込めた名前を息子に付けた。
どうか、他人の悪意にさらされず、他人に悪意を向ける事なく育ってほしい。
いつまでも、とは言わない。
ただ、出来るだけ長く、その無垢さをなくさないでいてほしい。

その為に頑張ることだけは、無意味ではないと思いたい。
数字で測れない価値があることだと思いたい。

そうでなければ、俺は全てを投げ出し、死のうとして、でも怖くて死にきれなくて、どっかの隅っこに挟まって鼻糞を食べながら空を眺めて涎を垂らしている、どうしようもないクズ野郎になってしまいそうだ。








音楽活動

アコースティックギターとはすばらしいものだ。

カラオケボックスで友人H君とギターを鳴らしながら、俺はしみじみとそう思う。

息子が生まれてギターを弾かなくなってから約4年。
気分と環境が整わなくて気がつけばホコリがたまっていたギターを再び引っ張り出し、弦を張り替えボディをピカピカに磨く。放置された事に不貞腐れ、カビでも生えているのではと懸念していたのだが、チューニングを合わせ掻き鳴らされたそいつは「まぁ許してやんよ」と懐かしい笑い声を響かせた。

H君とは初めて合わせたわけだが、不思議と息の合った演奏になった。
過去に何度か他人と一緒に弾いたことがあったが、初っ端でここまでうまい具合に表現出来たのはあまり記憶にない。
きっと学生時代に何度も2人で歌っていたもんだから、その時の感覚がギターの演奏さえもうまい具合にまとめ上げてくれたのだろう。そういう感覚ってのは月日が経っても薄れないものなんだな。

H君の曲はメロディが耳に残るというか、不意に口ずさんでしまう自然な響きがある。
それは狙ってやってできるものではない。
きっと彼の中から自然に生まれてきたメロディだからこそ、こんな風になんの雑味もなく、つるりと味わうことが出来るのだろう。
今後の発展を期待してしまう。

自分も曲を作らねば。

どんびきの「平君が作中で作る曲」を作る。
その発想がだんだんと足枷になっている感覚がある。

でも無理矢理作ったところで、化学調味料をたっぷり効かせたインスタントラーメンが出来上がるかもしれない。

おそらく自分がもう一度平くんの気持ちを、つまるところは学生時代の自分の気持ちを思い出せた時、曲は自然に生まれてくるのではなかろうか。

そう考えると、今回のH君との活動中、自分は確実に学生時代の気持ちに戻っていたと思う。

懐かしいアコースティックギターの音。

なんだかほんの少し近づいた気がした。

プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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