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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~36

第36話「清里邸」

「お母さん! 姉ちゃんが男連れて来た! イケメン連れて来た!」
「何言ってるのよもう、誰が来たって‥‥あら本当!」
「なんだなんだ、騒がしいぞお前たち‥‥なん‥だと?!」
目の前で繰り広げられるドタバタ劇をただ眺める事しか出来ない自分ーー正方寺陽介。この騒ぎをなんとか収束させようと右手にぶら下がっていた手土産のケーキを差し出すと、彼等は唖然とした様子でそれを受け取り、深々と何度も頭を下げた。
「ほんと、バカな家族でゴメン‥」ペコペコと頭を下げる顔を真っ赤にした清里さん。
「賑やかでいいな」俺は苦笑いで返した。

休日の正午過ぎ、こんなふうに清里さんの家に行く事になったのは、結局のところ話の成り行きによるところが大きい。部室でキーボードを練習している最中、なんとなくピアノを弾いてみたくなった俺はそんなような旨の言葉を何の気なしに呟いた。
「小さいけれど、うちにピアノあるよ」俺の練習を見てくれていた清里さんが応える「キーボードとピアノじゃ、鍵盤を弾く感覚が違うから、比べてみると面白いかもね」
「おおいいね。弾かせてもらいたいな」
「何なら、今度うちに来て弾いてみなよ」
「じゃあ今度の日曜どう?」
「いいよ、予定ないし」
「じゃあ日曜の昼過ぎって事で」
そういう事になった。
トントン拍子に話が進んだような感じだけど、実際のところ『今度の日曜どう?』なんて台詞の時は若干声が上擦っていたような気もする。要するに俺は成り行きに任せて『女子の家に遊びに行く約束』を取り付けてしまったわけだ。平にバレたら『もう2人はあんなことやこんなことを‥‥』と白目をむいてガクガク震えだす事だろう。いや実際、女子の家に行くなんて初めての経験だし、妙な期待というか、そういう感情がないかと言えば嘘になるけどさ。
清里さんを見る。
頬杖をついて俺の斜め上を眺めているけど、その角度だと少し汚れた白い壁しか見えていないだろう。赤い顔で頭から湯気が出いるような気がする。彼女も俺と同じように『成り行きで家に呼んじゃったよ』と動揺しているのかもしれない。
だとしたら、なんかかわいいなと思ってしまった。。

清里さんの部屋は俺のイメージの中にある『女の子の部屋』とは若干違っていて、ピンクの枕も可愛らしいぬいぐるも置いていなかった。でもカラーボックスの上に置かれた化粧ケースや、コンポの前に並べられた香水の瓶や、本棚の一番下の段に仕舞われたファッション誌なんかは、男の部屋とやっぱり違う。その違いが、俺の緊張を加速させた。
俺を部屋の中央の小さなテーブルに座らせたあと、清里さんは自分の部屋だというのに、所在なさげにウロウロ歩き回っている。
「あ、ピアノだっけ、ピアノ」思い出したようにピアノを指差す「これ、これがピアノ」
「いや、見ればわかるよ」俺が笑うと、清里さんも照れ笑いを浮かべた。
遠慮がちに、指先で鍵盤を叩いてみる。力の加減で音の表情が変わる。なんか、いい。
椅子に座って清里さんから教わった練習曲を何度か弾いてみた。優しく、次は強く、ゆっくり、そして早く。清里さんはベッドに腰掛け、俺が鳴らす気ままな音をぼんやりと聴いていた。
「清里さんの演奏も聴かせてくれよ」この楽器が、本領を発揮する様を見てみたくなった。
「え、あ、うん、わたし? いいけど」驚いた顔でコクコクと頷く。慣れた仕草でピアノの前に座ると、長い指が優しく鍵盤に触れた。

どこかで聴いたことのあるクラシック曲だった。

部屋が、劇場に変わる。

「お粗末様です」弾き終えて、こちらを向き、ぺこりとお辞儀をする「ひまりの方が上手いし、ドヤ顔で弾くような腕前じゃ全然ないけどさ‥‥」
「いや、すごいって。俺、ちょっと感動した」俺は本心からの感想を述べた。誰と比べるとかじゃない。俺は清里さんの弾く表情豊かなピアノの音が好きなんだ。そう言おうと思って、さすがに恥ずかしくなる。これを言ってしまうと、なんだか先に続く言葉が止まらなくなるような気がした。
俺は清里さん弾くこの音楽が好きなのか、『清里さんが弾くから』この音楽が好きなのか。
2人きりというこの部屋の雰囲気が、俺の感情を駆り立てる。
流れ出しそうな何かを、必死で抑え込む。
だめだろ、まだ時期尚早だ。

着信音がした。
最初は何の音かわからず、数コール目でやっと俺のスマホが鳴っている事に気付いた。
画面には平の名前が表示されている。

「なんか、平から電話来た」安堵のため息をついて、俺は言う。
「あ、そうなんだ、出なよ」同じように肩の力が抜けた清里さんが頷く。

「もしもし」ありがとう平、俺は今ほどお前に感謝したことはないぞ。
『出来たよ』
「え、何が?」
『曲だよ、新曲』
「おお! ついに出来たか!」
『時間できたら、聴きに来てよ』
「ああ、もちろん!」俺は頷く。このままここにいたら、俺は多分人生で結構大きな選択を決断してしまいそうだ。選ぼうとしている選択肢自体に異論はない。ただ、焦ると大事な段階と色々とすっ飛ばしてしまうかも知れない。
清里さんを見た。
頷いている。行ってこいって事だろうか。
「それじゃ、いまからーー」

「珠美ー! 正方寺さんから頂いたケーキを運んで来たわよ!」

清里さんのお母さんの大声が響いた。

「開けるわよー! 開けるからねー!」何度か叫んだ後、ガチャリとドアが開いた「珠美、返事くらいしなさいよね。あ、あら、電話中でしたの? すみませんすみません、うふふ」そう言ってお母さんは後ずさりして去っていく。

俺たちは顔を見合わせた。

お母さんの声は、平に聞こえていたのだろうか。

『正方寺、いま、清里さんの家にいるの?』バッチリ聞こえていた。『え、あ、2人って、もうそんな関係だったの? もしかして今から、あんなことやこんなことを‥?』多分、白目を剥いてガクガク震えている事だろう。
『お、お、お、お邪魔だった?』
いや、邪魔じゃなかった。むしろナイスタイミングだった。もしタイミングが遅かったら、俺はおそらくお前の想像通りに‥‥

怪訝そうな顔をしている清里さんと目が合って、俺は頬が赤なるのを感じた。そして頭の中に広がる桃色で甘美な妄想を、必死にかき消すのだった。

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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~35

第35話「働きアリの歌」

さっき見た流行りの長編アニメーション映画を頭の中で早送り再生して、鳥肌が立つような感動を反芻している。
けれどもシャツの襟から露出した首元やうなじの辺りが泡立つのは、衰退した太陽の残渣を秋の夜風が拭い去ってしまった事とも無関係ではないだろう。

地方都市とはいえ土曜の夜は長い。
駅前では一次会から二次会へ向かうサラリーマンの集団や、肩を寄せ合い交差点を渡るカップル、眠そうな小学生くらいの男の子を背負ってバスに乗り込む親子連れなど、様々な人々の持つ色彩が渦を作り黒ずんだ駅舎の外観に華を添えている。

平均は自らも色彩の一つとしてこの景色に溶け込んでいる様を俯瞰し、自分がどんな色合いを見せているのかを思った。

思いながら、駅ビルに隣接する歩道橋を渡って下り路線に近い側の改札へと向かう。
どうやら一つ前の電車が駅を出た直後らしく、時刻表を見ると次の電車まではまだ1時間近く時間があった。この時間帯になると1時間に1本しか電車がないのは、地方都市の常識なので今更落胆も憤りもない。のんびりと時間を潰す術を平は、そしてこの街に住む人々は皆、持ち合わせている。

駅ビル内の本屋で新刊の文庫本を眺めようかと踵を返したが、どこからか聴こえてくる歌声に足を止めた。それは駅の南口側から聴こえてくるようだった。

平の足は自然と歌声の流れてくる方へと向かう。

通路の壁で反響し逃げ惑う魚の群れのように散らばっていた音が、徐々に一つのメロディーへと収束していった。
ギター一本の弾き語りだ。
そしてこの曲は、平も好んで聴いているミュージシャンの曲だった。
切なげなメロディーが聴く者の心を揺さぶり、歌詞が伝えるのは生きる事の苦しさと、その奥に仕舞われ忘れかけていた喜び。
原曲が秘めた感情の波紋をこの歌い手は見事に歌い上げていた。
ただ一つ違いがあるとすれば、この歌声が掠れた男の声ではなく、細く透き通った女性の声であるという事。

駅の南口は繁華街に面した北口とは異なり人もまばらだ。
仲間とゲラゲラ笑っている若者たちや、足早に家路を急ぐ残業を終えたサラリーマンが、女性の歌声などまる聴こえていないような素振りで去っていく。
白いシャツの上に黒いPコートを羽織った女性が、生垣の囲いの前にギターのハードケースを広げ、ナチュラルカラーのアコースティックギターをかき鳴らしていた。
目深にかぶった帽子のつばとと縁の太いメガネのせいで女性の目元は伺えない。匿名性を強調したようなその出立ちには、自らの存在をこの歌そのものに変換してしまいたいという女性の本心が薄っすら滲み出ているような気がする。

女性から数メートル離れたベンチに腰掛け、平は女性の歌声に聴き入った。

美しい声だった。
深緑の中に佇む湖で一匹の小魚が跳ねたような、規則的で静寂なーー音楽を静寂と表現する事に矛盾を感じるけれどもーー波紋が薄暗い南口に広がっていく。
静かな歌だ。
外耳道の表面に触れる分には、その歌は落ち着いたバラードだった。
しかし鼓膜を震わせ耳管に響き渡ったその歌の中に、平は点在する街灯の弱々しい光さえぬらりと反射する刀剣のような鋭い刃を感じた。
歌い、叫ぶ事で、自分を飲み込んでいく何かに抗おうとするかのような、自分を殺しに来る誰かに向けて滑らかな刀剣を必死に振り回しているような、そんな滅茶苦茶で我武者羅な攻撃性と、恐怖を感じた。

女性は昼間の自分の背中を引き裂き、強引に羽根の生えた姿へと生まれ変わろうとしている。
そして、その痛みで口から漏れ出た声が歌として形作られている。

そんな風な感想を持ったのは、この南口が駅前にしてはあまりにも暗く、世界の最果てにいるような孤独を感じるからかもしれない。
でも、そんな感傷の後押しがなくとも、女性は明らかに孤独を歌っていた。

平の中に、女性の心が流れ込んで来るような気がした。
女性の心を縁取った幻想映像が、スクリーンに映し出される。

他人に足首を掴まれ、押し付けられ、抑え付けられ、心にもない言葉を放つ昼間の私。そんな薄汚れて乾燥してガチガチに固まった殻を身につけた昼間の私を、他人は辛うじて人と認めてくれる。
ではここで歌っている夜の私はどうなのだろう。
背中の亀裂から首を頭を突き出し、叫び声をあげている私は「それも君だよ」認めてもらえるのだろうか。
誰もが通り過ぎていくこの南口で、背景音楽と成り果てた叫び声を聞き入れてくれる人はいるのだろうか。
蛹の中で羽化する日を待つ本当の私。
いつの間にかその蛹が、自分自身になってしまうのではないか。
こうやって背中を割いて叫び声を上げ続けなければ、いつか羽化の仕方さえ忘れてしまうのではないか。

女性の顔の中心にある、赤く、少し乾燥した傷口は、孤独な歌を高らかに唄う。

夢想と現実が混じり合っていく。

そこで、電車の時間まで10分を切っていることに気付き、平は夢想から現実へと急降下した。
急いでベンチから立ち上がる。
女性は平の姿など気にも留めず、唄い続けている。

電車に揺られながら平は思った。
唄い惚けるキリギリスと勤勉に日々をすり減らすアリ。でもそのありの群れの中にだってきっと、自分の本当の声を響かせたいアリだっているに違いない。
そんなアリたちはこうして、無関心なアリの群れの中で、ただ叫び声を上げ続ける。

いつか、自分もそうなるのかもしれない。

自分が働きアリの歌を唄い始める頃、女性はまだ孤独の歌を唄い続けているのだろうか。
そんな事はない、と首を振る。
女性は透き通った羽根を羽ばたかせ、新たな世界へと飛び立つに違いない。
そう、信じたい。

それは、希望であり、願いだった。

自分が自分でいられる一瞬、それが青春時代というものなら、それを終わらせるの長らえさせるのも、自分自身に委ねられているのかもしれない。

僕はギリギリまで、キリギリスの歌を作り、唄い続けよう。
僕の青春を、弾き語り部門を、いつまでも終わらせないために。

プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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