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成長(おっさんの方)

又吉氏の芥川賞受賞が文壇を賑わせております。
 
すごいなーと尊敬する反面、他分野からの華麗なる転身をまざまざと見せつけられ、おこがましい話ですが、羨ましいというか嫉妬の念を少しだけ感じてしまいます。虫の死骸を漁るありんこが、獣の肉をむさぼるライオンの姿を妬ましく見ているだけの話ですので、どうぞ一笑に付しちゃって下さい。

自分も(趣味の小説の分野においても)出来る限り上を目指していきたいなぁと考えており、そのためにやるべきことなんかも、おぼろげながら見えてきている気がしないでもない雰囲気がそこはかとなく感じられる今日この頃。

やるべきこととは、大まかにいうと「文章という媒体を活かす術を身につける」ことなんじやないかなと思っています。

自分が今まで書いてきた小説は、どちらかとうと「ストーリーを見せるために文章の形をとっていた」ような気がします。

ぶっちゃけ絵が描ければマンガで表現してもいいですし(実際小学校の頃はマンガばかり書いていた)、金とコネがあれば映画にしてもいいようなつもりで書いていました。

しかし消去法の上とはいえ「文章」という形でストーリーを表現する事を選んだ以上、その特性を生かした表現技法を身につけていかねばならないなぁと感じ始めました。

そういう意味では、今書いている「透明という色」なんかは、ストーリーそっちのけで「文章を用いた表現の幅を広げる」とか「文章から滲み出る空気感で感情を表現する」とか、そのへんのところを意識して書いている小説になります。

そこそこ上手くかけたら、自分の成長につながるのではないかな、と期待しています。

それと最近感じているのは「あえて表現しないことによる表現」の重要さ。
俳句なんかでいうと「切れ」というやつです。

自分はどうしても説明が冗長になる癖があるのですが、文章を重ねれば重ねるほど、内容は薄っぺらになっていくというジレンマを感じていました。

文章というのは薄く叩けば叩くほど切れ味の増す日本刀のごとく、あえて言葉を短く洗練し、含みや余韻を持たせることで、より立体的で奥行きのある表現を生み出すことが出来るようです。

その技法を身につける事が出来れば、より表現力の高い文章が書けるかもしれません。

でも基本はとにかくシンプルに「読む」「書く」ですかね。

水滴もやがて岩を穿ちます。
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成長

 2歳になったばかりのうちの息子はかなり甘えん坊だ。
 特に専業主婦の妻にべったりで、妻が一瞬でも視界から消えようものなら大声で泣き叫ぶ。外出中は妻がトイレに立つことすら難儀する始末だ。息子にとって妻は世界を構成する重要な骨格の一つであり、それが視界から消える事はおそらく世界の崩壊にも等しいのだろう(残る骨格は自動車とタオルだと思われる)
 しかし、そんな息子がかわいくてしょうがない俺たち夫婦は、今のところあまり「しつけ」というものに拘らず、ただひたすらに愛情だけを注いで育てていた。言い方を変えればけっこう甘やかしていた(ものの分別が付くまでの間限定。厳しいしつけはもう少ししてから、というのがうちの教育方針)。

 先日明朝に妻が体調を崩した。
 詳細はあえて省くが、簡単な手術と半日の入院が必要となる事態だった(手術を行えば普通に帰れるし日常生活を送れるようになる、そんな性質のもの)。
 慌ただしく荷物をまとめて病院に駆け込み、手術の必要性を伝えられ、俺は会社に休ませていただく旨を連絡する。
 全ての段取りを終えたのは朝8時。手術中から麻酔が解ける14時までの間、俺と息子は二人でアパートに帰る事になった。
 妻と一時的でも離れる。
 そのことが、息子にどれだけのストレスを与えるか――俺は泣き声と涙と鼻水にまみれた6時間を覚悟した。
 しかし息子はあっさりと妻のそばを離れ、おとなしく車に乗り込んでくれた。
 帰宅後も、朝飯を食べて、絵本を読んで、その辺を散歩して、昼飯を食べて……どのタイミングで息子が妻の不在に耐えられなくなり、大声で泣き出すだろうか。俺は密かに不安を感じていた。
 しかし息子は一度も泣かなかった。
 慌ただしく今日の分の洗濯物を干している時、足元に近づいてきた息子と不注意でぶつかってしまったのだが、そんな時ですら顔を歪ませながらも、必死で涙をこらえて小さく唸るだけだった。
 息子は妻の状態を理解しているのだろうか。
 俺の前でニコニコ笑っている息子に、普段の甘えん坊の面影は無かった。

 無事手術も終わり、麻酔が切れた妻を迎えに行く。妻の顔を見た息子は「もう大丈夫なの?」といった様子で妻に近づき、徐々に妻に甘え始めた。
 息子にとっての日常が戻ってきた。

 その夜、息子は体調を崩して高熱を出した。
 ここ最近の真夏日と熱帯夜によって弱っていた身体が、今回の件のストレスでついに悲鳴を上げたのだろう。
今回の入院は、嫁はもちろん俺にとっても大きなショックとなる出来事だった。朝早くの嵐のようなドタバタと、それ以降も継続する小雨が額に滴り続けるような緊張感によって、俺たちはひどく疲弊していた。
 しかし事態をよく飲み込めないまま、その嵐に巻き込まれ、最愛の母親と一時的に引き離されてしまった息子のストレスは、多分俺たち以上だっただろう。
 しかし息子は一度も泣かなかったのだ。
「お母さんはいたいいたいだから、今日はお父さんと遊ぼうね」俺のその言葉の意味を十分理解していたかはわからないが、息子は息子なりに今回の事態を受け入れ、自分が出来る精一杯の協力をしてくれたのだ。
 甘えん坊な息子。
 お母さんがいないとすぐに泣き出す息子。
 そんな認識は、少し間違っていたのかもしれない。
 息子は成長している。今日より明日、明日より明後日、親の考える「大人の尺度」じゃ想像できないようなスピードで、息子は大きく成長している。
 
 その事がうれしく、誇らしく感じた。

大田園の小さなアパート

今住んでいるアパートを私は非常に気に入っている。

外を歩けばそこかしこに(私の好きな)虫達がいて、遠くを見れば山並みが季節を映し出し、裏手の田んぼの畦道を息子と歩くと風がとても気持ちいい。

新築のアパートと違い、古いアパートは方角を含めた間取りがしっかりしている場合が多く(とう勝手な印象)、部屋の中に日は射し込まないがベランダの日当たりは良く、洗濯物がよく乾く。

またクローゼットとかいうオシャレ収納とは異なり、「押入れ」という機能性に特化した日本建築の良心は、本当にいろんなものを詰め込んでおける。

アパートの前に子供を遊ばせられるスペースがあるのも素晴らしい。

この夏は庭で花火をしたいなと計画している。

早く実家に帰りたいような気もするが、このアパートでもっと過ごしたいというのも正直なところ。

賃貸にここまで愛着をもつのも、どうかとは思うけど……。


桜の木
庭の桜の木。春にはきれいな花が咲いた。

田園風景
アパート裏手の田園風景。

畦道と息子
畦道と息子。

透明という色-5

 -4 へ戻る

 森の一軒家は濃い緑の匂いに包まれていた。
 全ては太陽と共に目覚め、月と共に眠りに就く。
 遠くの一本杉の方から聞こえてくるフクロウの鳴き声を聴きながら、女性は隣で眠る娘の髪をなでた。柔らかな長い髪は娘の生きてきた日々を束にしたかのように繊細で、高名な芸術家が描く絵画の一部のように美しかった。ベッドに腰掛けたまま、月の光が差し込む窓から見える星に自分勝手な名前をつけていると、忍び足でやって来た夫が女性の肩にそっと手を置いた。夫の目もまた女性と同じように窓から覗く星空を見つめている。言葉もなく顔も見えない暗闇の中で、二つの心が互いの存在を確かめ合うように寄り添っている。
『あの星は――』女性は星に娘の名前をつける『その右隣が私で、左隣が――』囁くように言って夫の顔を見ると『どれも綺麗な星だね』と答えた彼の唇は星を照らす三日月の形で微笑んでいた。
 女性は娘の名をつけた星を眺めながら、宵闇のような髪の中に白く浮かんだ小さな星のような、愛しい我が子の柔らかな頬にそっと手を当てた。
 狼の遠吠えが聞こえ、それに応えるようにフクロウが鳴いた。

 その数日後に、夫と娘は不慮の事故に遭い、小さな二つの星となる。

 藤巻は宮内アヤカの書いた小説を読み進める。その小説は、一人の女性の喪失が物語の出発点となっていた。主人公である女性の姿に宮内アヤカの姿を重ね合わせてしまうのは当然の心情だろう。

 最愛の夫と娘を失った女性は心臓が抉り取られたような喪失感に苛まれる。そして心臓を無くしてもなお生き長らえている自らの身体に、腐敗した肉体で歩き回る不死の怪物にも似た嫌悪感を覚えた。何故、自分は生きているのだろうか。全てを投げ出したい気持ちに駆られベッドの上で漫然と夜空を眺めていた時、雲の切れ間から娘と夫の名前をつけたあの星を見つける。小さな光を放ち、自らの存在を主張する二つの星。このままではいけない、そんな気がした。
 ある日、女性の様子を見に来た友人が『これは噂だけど』という前置きの上でこんな話をした。
 西の森に、条件次第で何でも願いを叶えてくれる魔女が住んでいるらしい。
 女性は藁にも縋る思いだった。もう一度娘と夫に会えるのなら、どんな悪魔の囁きにすら耳を傾けようと思っていた。
 地面を這いずるような捜索の末、女性は西の森に住む魔女の前に立っていた。
 夫と娘を生き返らせて欲しい。そう懇願する女性を蔑むような目で見ていた魔女は、皺だらけの醜い口元を歪ませて言った。
『そこまで望むなら、夫と娘を生き返らせてやってもいいが、一つだけ条件がある』
『どんな条件ですか?』答えを急ぐ女性に対し、魔女はもったいぶるように血のように赤い舌で唇を湿らせて、言った。
『お前の、その幸せな思い出とやらと、引き換えだ』
 戸惑う女性を前に、魔女はにやにやと笑っていた。
『お前の思い出は私がもらう。幸せな思い出を私のものとして、私がお前の代わりとなる。お前の代わりに夫となり、そして母になる。その条件を呑むなら、二人を生き返らせてやってもいい』
 魔女の目から女性の幸せな思い出に対する嫉妬心が覗く。
 そしてその更に奥底には、平凡な幸せに憧れる一人の女の悲しみが見えた気がした。魔女となり人々から忌み嫌われる存在となってしまった自分には、二度と手に入れられないと諦めていた幸せ。それが目の前に転がっている事に対する、喜びと悲しみが入り混じった感情を、女性はありありと感じることが出来た。
 この人も悲しい人だ、女性はそう感じた。
 悪人でも異常者でもなく、ただ悲しい人だ。
『私の代わりとなって、二人を幸せにしてくれますか? そう約束してくれますか?』
 動揺を打ち消し、相手の目を真っすぐに見据えた女性の問いかけに、魔女は無言で、しかし確りと頷いた。
 思い出を失った自分は、一体どうなってしまうのだろうか。二人が蘇ったとしても、自分の中の二人は完全に息絶える事になってしまう。自分は愛するものを2度失う苦しみを味わわなければいけないのか。涙を流しすぎて乾ききった心に恐怖という黒い水が浸透して行く。
 黒い水面に夫と娘の顔が映りこんだ。小さな波にさえ打ち消されてしまうほど、その姿は酷く弱々しい。このまま消し去ってはいけない。二人を私の心の中で弱々しく生き続け、そしていずれ消滅してしまう存在にしてはいけない。二人にはまだやりたい事も、その先に広がっている無限の可能性もあったはずだ。
 女性は魔女の条件を受け入れた。
 呪いのカラスが女性の思い出を徐々に啄ばみ、無造作に乱暴に引きちぎっていく、そんな呪術を魔女は女性にかけた。

 ここまでがこの小説のプロローグだった。
 本編では森の一軒家に戻った女性が、呪いのカラスに思い出を徐々に啄ばまれながらも、別れを惜しむように思い出を反芻する日々がつづられている。
 女性は追い立てられるように過去を思い起こす。
 全てが消えてしまう前に、幸せだった日々にもう一度触れようとする。
 そして女性は気付く。
 忘たくない思い出があまりにも多すぎる事。それら全てを反芻する時間は自分には残されていないという事。
 幸せな思い出は特別なものではない。
 天気のいい朝の日差しや、それを見て目を細める娘の表情や、おいしそうに朝食を頬張る夫の顔や、シンクの食器がぶつかり合う音や、洗濯物の匂いや、外で遊んだ娘の髪から漂う砂の匂いや、雲に太陽が隠れ不満そうな娘の表情や、雨の音や、蛙の鳴き声や、絵本を読み聞かせる声や、やがてうつらうつらと眠りに就いた娘の寝息や、夕食の匂いや、一日働いてきた夫の汗の匂いや、風呂の湯気や、石鹸の匂いや、夜空の星や、娘の髪の手触りや、肩に置かれた夫の手の温かさや、娘の頬のやわらかさ。
 そんな何気ないに一日の中にも幸せは数多に含まれていた。
 そして幸せは毎時、毎日繰り返され、緩やかな川の流れのように、太陽から降りそそぐやさしい光のように、連続した幸せな思い出となって続いている。
 しかしその流れを無遠慮に、残酷に、呪いのカラスが食いちぎる。
 女性は気が狂いそうなほどの絶望を感じながら、必死で、食いちぎられた思い出の線を繋ぎ合わせ、胸に抱え込む。
 それが無駄な抵抗だとはわかっている。
 また、カラスが飛来し、思い出を食いちぎる。

 この小説は教訓じみた感動を読み手の心に惹起するものではない。
 一人の女性の喪失が、ただただ不気味なほど丁寧な文章でつづられている。
 読んでいて涙など流れるはずがなかった。女性の――作者である宮内アヤカの感情が刺々しく心に突き刺さり、痛みを堪えるように顔を歪ませながら読むほか無かった。
 ここに記されているのは、たった一つの純粋で個人的な言葉だけだった。
 
 私は二人を愛している。
 そして二人は私に愛されている。

 人の不運や不幸を題材にした作品は、まるでペンギンがオキアミを吐き出して雛に与えるように、他人の悲しみを消化し易いように加工して見る者の心へと流し込んでくる。今まで藤巻はその光景にひどくグロテスクなものを感じていた。悲しみの中に含まれる「説教」やら「教訓」などの養分があからさまに主張されていて、鼻を突くような臭いが漂ってくる。
 しかしこの小説は他人の糧となる事を前提に書かれたものではない。ただ自分の感情を、自分の中に押しとどめ切れなかった悲しみを、コップから溢れ出たミルクがテーブルを汚すように、ただただ自分の外へと垂れ流しただけだ。
 他人のためではなく、自分のために書かれたもの。
 純然たる自己の表現。
 それは薄く強く研ぎ澄まされ芸術の閾へと達した日本刀のような、妖しい美しさと切れ味を持ち合わせていた。
 小説を読み終えた藤巻は、ただ呆然と印刷用紙に染み込んだインクの集合体が作る奇妙な模様を見つめていた。白と黒のコントラストが作る形の羅列が、ここまで人の心に突き刺さってくる事に恐怖にも似た感情を覚えていた。思い出したように氷の溶けきったウイスキーを流し込み、タバコに火をつける。
 煙が部屋の天井に当たり、霧散した。
 宮内アヤカの感じていた思い出――日常の中で徐々に薄れていってしまう大事な記憶や感情は、ただ自然に任せていたらこの 煙のようにあっけなく消えてしまっただろう。生き物は悲しみをもち続けて行きられるほど強くはない。忘れるというプロセスは心を守るために必要な機構だ。
 それに逆らうために、彼女は自ら大事な思い出を反芻し、それを失う痛みを繰り返すことで胸に刻み込んできたのだろうか。
 気がつけば、指の間に挟んでいたタバコは灰になっていた。吸殻を灰皿に放り投げると、寝転がってチカチカと小刻みに揺れる 蛍光管の明かりを見つめる。
 宮内アヤカの心に巣くう病巣とも形容できるような意思の腫瘍。その赤黒くも艶かしい色合いに藤巻は心惹かれながら、しかしその憧れに似た感情の内側に、湿気と熱で溶けきった飴玉がこびり付いているような不快な感覚を覚えた。
 明かりを消し、視覚からの情報を強制的に遮断すると、暗闇の中には円形蛍光管だけがぼんやりと浮かんでいる。その薄雲に隠れた満月に自分の心情を映し出し、伸ばした手のひらを開いたり閉じたり繰り返しながら、自分でもわからないその感情の正体を掴み取ろうと試みる。
 時計の音が耳障りに響き、藤巻を焦らせる。
 宮内アヤカの顔が浮かんだ。
 彼女が愛してやまない二人の姿が浮かんだ。
 透明から脱却しようとする意思と、その意思の源となる対象の存在。
 そして、透明な自分。誰にも見えず、見られることがない自分――

-6 へ続く

透明という色-4

-3 へ戻る

「たしかにそうは言ったけどさ、まさか本当に来るとは思わなかったよ」
 翌日、昼間に玄関から訪問した藤巻を前に、宮内はあきれた声を出した。
 藤巻の最寄り駅から電車で5駅、駅から徒歩15分の位置にその住宅街はある。車で来なかったのは藤巻御用達の月極駐車場「コンビニ」は昼間の長時間駐車は禁止であることと、現在一人暮らしのはずの宮内家に見慣れないポンコツ軽自動車が停まっている事で、近所の住人のいらぬ好奇心を掻き立てないためだ。藤巻のアパートに一度姉が車で遊びに来たことがあるが、その翌日向かいの家の住人に『知らない車停まっていたけど、彼女さんかい?』と聞かれた事がある。ご近所の目というのは侮れない。
「まぁいいや。散らかってるけど、入ってよ」
 宮内は前髪を後ろに流してヘアピンで留め、フレームなしのメガネをかけていた。白いTシャツの上に薄桃色の七分袖カーディガンを羽織り、タイトな黒いズボンの裾をふくらはぎのあたりまで折り曲げ、裸足にスリッパを突っかけている。
 あの夜見たダボダボのパジャマ姿とは相反し、理知的な女性の輪郭が垣間見えた気がした。
 そして、女性の頭の天辺から足の先まで視線と意識を巡らせている自分に、なんとも言えない違和感を覚える。しかしそんな自分が不快ではないのは不思議だ。
 じろじろと嘗め回すように見られた宮内はあからさまに嫌な顔をした。
 客間に通され、ポットのお湯で作ったインスタントコーヒーが藤巻の前に置かれる。散らかってると言っていたが、部屋は綺麗に片付けられていた。あの夜の彼女から感じた自暴自棄さは実生活を侵食するまでには至っていないようだ。
「で、なに?」
 向かいの椅子に座った宮内が尋ねる。
 その質問は当然予想される事だったが、藤巻は自分自身でさえ何を求めてここに来たのかよくわからないでいる。また会いたくなって――とはなんと安っぽい口説き文句のような言葉だろう。考えた挙句、当たり障りないであろう言葉が口をつく。
「えっと――作品読みました」言って、失敗したと思った。
「あ、読んだんだ。感想は?」宮内は悪戯っぽく顔を綻ばせる。
「その、とても良かったです」完全に墓穴を掘っている自分に気付く。
 その返答を聞いて宮内は破顔した。
「そっかそっか、使ってくれたんだ! 実用性が高かったわけだね」
「違います! そういう意味じゃなくて」
「ふーん」宮内は急に無表情に戻った。その目は品定めするかのように藤巻を見ている「どんな女が書いているのか、明るいところで確認しに来たわけ?」
「違いますよ」
「目の前の女が卑猥な妄想を膨らませて、あんなふしだらな物語を書いている。そういう事実に興奮を覚えるタイプっているからね。それとも思った以上に冴えない女で萎えちゃった?」
「あなたの作品に『感情』が見えたから」藤巻の口をついて出た言葉は、彼女の本を読んでから持っていた感想だった。
 その言葉を聞いて宮内の表情が一変する。
 一瞬の驚愕の後、作文を褒められた子供のようにくすぐったさを堪えるような表情。
 宮内は無言でコーヒーに口をつけ「あちち」といってすぐに離した。
 藤巻もコーヒーに口をつける。熱いが飲めない熱さではなかった。安物のインスタントコーヒー独特の舌の奥にこびりつくような苦味を楽しむ。
「感情、ね」コーヒーを見つめながら宮内は言う「そんなの、誰からも言われた事ないよ」
「俺には、そう感じられました」
 これ以上、言うべき言葉が思い浮かばなかった。
 藤巻は無言で宮内の言葉を待った。
「官能小説ってさ」宮内が言葉を紡ぎだす「一定の需要があるんだよね。それも女性作家が書いているとなると、そこに興奮を見出す人たちもいるから、まぁそこそこの稼ぎにはなるんだよ。これは仕事だからね」
 『仕事だからね』の部分に自分自身へ言い聞かせるような歯切れの悪さを感じた。
 宮内は続ける。
「仕事だから、売れなくちゃいけないんだよ。本当に書きたい事を木箱に押し込んだとしても、作家を続けていくにはそうするしかない。小説ってのは難しいよ。水面に油絵の具で絵を描くようなものさ。文章という水面に思想という絵筆が触れた瞬間、それは薄い円になって四散してしまう。明確だと思っていた伝えたいことも、書き上げてみればただのぼやけて歪んだ円の集合体で、その輪郭すら掴めない代物に成り下がってしまう。指先を水面に突っ込んでかき混ぜてあげれば、一見形而上的な意味を持つ作品の体をなすことも出来るだろうけど、それは単なるごまかしで自分が本当に言いたいことじゃない」
宮内のいつの間にか視線はコーヒーから藤巻へと移っていた。
「そんな小説は誰も読みたがらない。売れないんだよ。だから――」
「だから、透明になろうとしたんですね」
 藤巻はわかった。
 彼女から感じた何かの一端。
 彼女は自分と同じところを出発点としている。
 自分自身を押し殺し、透明になろうとしていた。
「透明になるって、面白い表現だね」宮内は口の端でニヤリと笑った「確かに、あの頃の私は透明になろうとしていたのかもしれない」
 自分も一緒です。藤巻はそう言おうとしてその言葉のおこがましさに言い淀んだ。相手は職業作家だ。自分のような一介のサラリーマンは一線を画す存在なのだから、気安く同一視してしまうのは失礼にあたるかもしれない。
 しかし彼女のいう「思想」を伝える事の難しさは藤巻も感じた事があった。
 学生時代バンドを結成しギターを弾いて歌を唄っていた頃、藤巻は自分の思想や表現が音楽や詞の形を成して他者に伝わる快感に酔いしれていた。それが出来たのはその音楽や詞がインスタントであり、誰でもお手軽に手を出せるような安物だったからだ。その音楽に商業的な価値は一切なく、大学卒業と同時に藤巻は今の会社に勤めた。
 ギターをビジネスバックに持ち替え、歌は営業トークに、詞はプレゼン資料に変わった。
 そこに藤巻の思想や表現の入る込む隙は一切なかった。
 全てが自分自身を排除した世界で運営され、藤巻の形をした物体に対して評価と責任が張り付いた。
 本当の藤巻は透明になった。
「君、名前何って言うの?」宮内が問う。
「藤巻、健吾です」藤巻は応える。
「藤巻君、明るいところで見ると、案外まともな人間なんだね」宮内はにんまりと笑う「それに、けっこういい読みを持ってると思うよ」
「どうも、ありがとうございます」
 宮内は立ち上がり台所からクッキーの箱を運んできた。椅子の上に体操座りで座ると、箱を開封してクッキーを一枚齧り、箱を藤巻の前へと押しやる。君も食べなよ、という意味のようだ。藤巻もクッキーを一枚取り出して齧る。卵とバターと香りがやんわりと主張するシンプルな味のクッキーだった。
 窓の外を宅配のトラックが通り過ぎた。タイヤとエンジンの音がやけに大きく響く。
 休日の昼間なのだが、ここは夜が帳の半分を上げ忘れていったかのように静かだ。
 この静かな家の中、彼女は一人きりで生きている。かつては夫と子供の笑い声、時には泣き声で満たされていたのであろうこの家の中で。
 そこに思い至った藤巻はその孤独感に寒気を感じた。
「確かに私は透明になろうとしていたよ。でも今は違う。透明になるってことは、今の自分自身を培ってきた過去や、感情や、自分を支えてくれたものすべてを透明にしてしまうって言う事だから」
 宮内の高く細い声が静かな部屋の空気を震わせた。
 コーヒーの香りが消え、クッキーの香りも消え、車の音も鳥の囀りも風になびく木々の音も、全てが不要なものとして消え去った。
 おそらく今の彼女は、自分の過去以外の全てを無価値と考えている。彼女自身の頭蓋骨という殻に閉じこもった軟体動物の見る夢――記憶や思い出という名の夢だけが彼女にとって唯一価値のあるものなのだ。
「だから私はもう絶対に透明になろうとは考えない」
 この目だ。
 藤巻は思う。
 彼女のこの目が、藤巻の中にある薄汚れた木箱の蓋を強引に叩き割ろうとするのだ。
 透明になろうとする自分の首を掴み、影のある世界へと引き戻そうとする。
「まぁ、そういうことだからさ、私はもう官能小説は書いていないんだ。今は別の話を書いている。っていうかこの前やっと書き上げたんだ。今度は嘘偽りない、私自身の言葉と思いを綴った小説だよ」
 宮内はまたクッキーに手を伸ばし一枚を齧った。
 ぼりぼりという咀嚼する音が聞こえる。
 赤く薄い唇が伸び縮みする様を藤巻は呆然と見つめていた。
「担当さんが編集長の許可を取ってくれたから、近々本になる予定。普通は一介の官能小説作家に、官能以外の小説を出版するチャンスなんてあまりないんだけどね。私の場合は境遇がアレなもんだから、そこを押し出していけばそこそこ売れると判断したんでしょ」他人事のように宮内は言い「でも、私はそんな甘いもんじゃないと思うけどね」自嘲気味に笑った。
『私の思い出の中だけにいる二人を、二人の存在を、私の中から解き放ち全ての人々の心に刻み込みたい』
 あの夜、彼女の口から放たれた、決意のこもった言葉を思い出した。
「売れますよ」何の根拠もないが藤巻は言った。
「読んでもないのに、よくそんな事が言えるねぇ」宮内は眉を歪ませ口元だけで笑った「あ、そうだ。ちょっと待ってて」
 そう言い残すと宮内はとたとたと階段を駆け上っていった。丸めた新聞の折り込みチラシで床を叩ようなひどく弱々しい足音に感じた。
 一人残された藤巻はほっと一息を吐く。
 無性にタバコが吸いたくなったが、人の家で勝手に吸うわけにもいかずに我慢した。
 しばらくして降りてきた宮内はA4サイズの封筒に入った分厚い書類を抱えていた。
「これ、今度出る小説の原稿。担当者に渡すつもりだったんだけど、また印刷すればいいしさ。君にあげるよ。ほら、藤巻君の存在もこれを書き上げる一助になってるわけだし」
 あの写真の事だろうか。
 火に包まれ、この世から消え去り、宮内の心に喪失という傷を新たに刻み込んだ写真。その傷の痛みを力に変えて、彼女はこの小説を書ききったのだろうか。
「読んで、今度感想を聞かせてよ。君の読みの鋭さはさっき実感したから、ずばっと的確な意見を言ってもらえると助かるわ」
 正直、期待されているような働きが出来るとは思えないが、今の彼女が書いた小説には興味があった。しかしこういった類のものを無関係な第三者に渡してしまってもいいものなのだろうか。
「ええ、まぁ、いいですけど、いいんですか?」
「大丈夫でしょ。君は泥棒の癖に律儀だからね、悪用するとは思ってないよ」
 こんな自分を信じられるのは、彼女が純粋だからか能天気だからか。いや、おそらく自分の本質は完全に見透かされている。所詮自分のような意志薄弱な存在は、宮内のような女性の手のひらから抜け出ることは出来ないのだろう。
 去り際、宮内は「また来てね」と小さく手を振った。
 その仕草に藤巻はこそばゆいものを感じた。

 宮内の家を後にした藤巻はコンビニでタバコに火をつける。
 煙が天へと昇る様を見つめながら、亡くなった宮内の夫と子供のことがふと脳裏にちらついた。
 彼女の意志の力に気圧されながらも、藤巻は生き急ぐような彼女の姿に一抹の不安を感じていた。『彼女の幸せを祈ってあげてください』と、天国にいるであろう二人に向かって心の中で語りかける。
 彼女の幸せを祈ってあげられるのは、いまでも彼女の心の大半を占めている天国の二人だけだ。
 たぶん、ただの泥棒でしかない自分は、それを祈れるような立場にはない。

-5 へ続く

透明という色-3

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「宮内アヤカですか。ただ今調べますので少々お待ち下さい」アルバイトの女性書店員は愛想良く手元のパソコンで店内の商品情報を検索してくれていたのだが、急に沸き起こった嫌悪の感情が、厚化粧で整えた愛想笑いを歪ませた事に藤巻は気付く。
 あの夜から数日後、藤巻は近所の書店内をぐるぐる回っていた。古本屋ではなく新品を取り扱う書店に足を運んだのは、彼女に対する少しばかりの償いの気持ちからだ。文庫本、もしくはハードカバーの単行本コーナーに「宮内アヤカ」名義の本が並んでいるものと踏んでいたが、いくら店内をぐるぐる回ってもそれらしい本は見当たらない。
 仕方なく藤巻は近くに居た女性店員に声をかけた。
 店員はレジ横のパソコンで検索し、そして嫌悪感を示した。
「こちらです」愛想笑いを捨て去った女性店員は藤巻を文庫本の並ぶ一角へ案内する。そこは先ほど店内を探し回った時に唯一目を通さなかった場所だった。
『官能小説コーナー』
 藤巻は唖然とした。
 女性店員が指差す先には確かに「宮内アヤカ」と書かれた本が数冊並んでいる。
 動揺した藤巻は「え、あれ?」とぼそぼそ呟きながら、照れ隠しに女性店員の顔を見て愛想笑いをした。
女性店員は道端に転がる野良犬の排泄物を見るような目で藤巻を見ていた。『女性店員に性的な本の並ぶ場所をあえて尋ね、戸惑う様を見て劣情を満たす一種のセクシャルハラスメント』を行った男性客に対し『私はその程度でかわいらしく動揺するような弱い女じゃない。あんたのセクハラには屈しない』と牙を剥いている。
「あ、ありがとうございました」
 藤巻がとりあえずお礼を述べると、女性店員は「ふんっ」と鼻息を鳴らしてレジへと戻っていった。
 官能小説コーナーの前に残された藤巻は、考えた挙句「宮内アヤカ」と書かれた本を全て掴むとレジに並んだ。
 それは、本当にこの本を買いたかったのであって決してセクハラをしたかった訳ではない、とのセクハラ疑惑に対する抗議の意思を多分に含んだ行為であったが、例の女性店員は売り場に出ており、レジを担当した大学生くらいの男子店員に『お客さんぱねぇすね』と軽蔑、ある意味尊敬の篭った目で見られただけだった。
 紙袋に入った4冊の官能小説を軽自動車の助手席に転がす。エンジンをかけながら藤巻はあの夜の事を思い出していた。
 あの時彼女から感じた何か――その何かを探りたいという思いが、宮内アヤカへの妙な執着となって藤巻を突き動かしている。その答えの一端が彼女の書いた本に記されているかもしれない、そんな淡い期待を持って書店に向かった結果が4冊の官能小説とは、全く予想していなかった。
 17時の街はまだ活気に満ちている。
 夕日によって作られた長い影を引き連れながら、人々はまるで影と社交ダンスを踊るかのように街を闊歩する。
今の自分には影があるのだろうか、ふとそんな疑問が藤巻の脳裏を霞めた。
何気なく夕日に向かってかざした手は、波打つ赤い球体を簡単に掴みとってしまった。この身体が透明でない事に、自分は落胆しているのだろうか、それともどこかで安堵しているのだろうか。
 男子高校生数人が舗道を歩いている。
 彼らの影は、自分よりも明らかに色濃いような気がした。

 宮内アヤカは官能小説家だった。
 その事実は、火花を散らしていた線香花火が唐突に地面へと吸い込まれてしまったような、シャボン玉が屋根に届く前に壊れて消えてしまったような、そんなある種のあきらめを含んだ喪失感を藤巻に与えた。
 あくびをかみ殺したあと、クッションの上に投げ捨てられた紙袋から本を取り出し、裸の女性が描かれた表紙を眺めてみる。豊満な肉体を持つその女性の姿は、この本を書いた女性の骨ばった指先や、やせ細った首筋や、病的に白い頬の上に二つ並んだ草食獣のような黒い目とはまるで重なり合わない。
 全てがちぐはぐなような気がする。
 しかし、そのちぐはぐさに対しての関心が磁石のように藤巻を惹きつける。
 氷を入れてグラスに半分ほど注いだウイスキーをちびちびと飲みながら、藤巻は宮内アヤカの書いた本を開く。
 
 一日の終わりにほんの数章だけ彼女の書いた官能小説を読む、そんな日々が始まった。
 その日々の中で、最初に感じたちぐはぐさはより明確なものとなっていった。

 この小説は官能小説の姿を借りた別の何かだ。
 文章は確かに官能的であり、複数の男女の淫らな性交が書き連ねられている。そのあられもない描写に劣情を感じなかったかといえば嘘になる。しかし一見性的な興奮を煽っているようにしか見えないその文章の節々には、違和感という苔がこびりついていた。
 その違和感は、恋人を待つ女性が不意に見上げた夕日や、性行為の後に薄闇の中で見た時計の光る文字盤や、様々な体液の名残が混じった風呂の残り湯が作る渦の中に、渓流の岩陰に住むカワゲラの幼虫のようにひっそりと身を潜めている。
 その正体は何なのか藤巻は考える。
 そして「感情」という言葉が脳裏を掠めた。
 ご都合主義的に男女の性行為が繰り返されるファンタジーの合間に、登場人物の放つ生々しい「感情」が忍び込ませてあるのだ。読者の欲望を満たすためだけに作られた傀儡達が時には大げさに愛を叫び、時には不自然なほど甘ったるい嬌声をあげ、快楽にのみ反応し白い2本の太い触手を広げる。そんな混沌とした世界の中に感情が星屑のようにちりばめられ、はかなげな輝きを見せていた。
 土くれと枯れ草と茶色い蔦が絡み合った荒地に、点々と根を張った草花が小さく赤い花を咲かせている――それは美しい絵画のようだった。
 小説を読み始めて数週間後、最後の一冊を閉じた藤巻はそのまま布団にもたれこんだ。
 BGMで流していた音楽が急に存在を主張しだす。
 学生時代に繰り返し聴いていたロックバンドのデビュー曲だ。テレキャスターのガチャガチャとしたカッティングが藤巻の脳内を埋め尽くす。この音に自分自身が完全に支配されてしまったらどんなに幸せかとも思ったが、今度は思考が音の洗脳を押しのけて主張しだした。
 あの夜感じた何かは一体なんだったのだろうか。
 彼女の過去ともいえる作品を読み終えてなお、その答えは厚いカーテンの向こうに隠れたままだ。しかし作品を通して見られた「感情」の切れ端がわずかな風を生み、カーテンが少しばかりたなびく瞬間も確かにあった。
 もう一度、彼女に会わねばならない。
 そう藤巻は思った。
 それで何かが変わるのか、今の自分を包む透明な雰囲気へ何かしらの影響をあたえる――あたえてくれるのか、それは解らない。
 ただこのままで居たら何も変わらないだろう。
『今度は昼間に玄関からお願いね』
 彼女の言葉を思い出した。

-4 へ続く

透明という色-2

-1 へ戻る

 2日連続の睡眠不足によって凝固した眠気が澱のように額の裏側に張り付いている。
 藤巻は丸太のように重たい肢体を持ち上げて洗面台で顔を洗い、歯を磨き、寝癖を直す。テーブルの上に投げ捨てられたコンビニ袋から今朝買ったシーチキンおにぎりを取り出して口の中に詰め込むが、水分に乏しい粘土のような白米を飲み込むだけで酷く体力を消耗する。半分ほど詰め込んだところで時計が出社予定時間を指し示している事に気付き、悪態をつきながらも仕事着に着替えると軽自動車に乗り込んだ。
 会社に向かって走る車のタイヤはまるで空気圧が極端に低下しているかのように重たい。コンクリートが液状化して車体が沈み込んで行くような感覚。
 自分の机で始業準備をしていると課長に別室へと呼び出された。
「A社へのプレゼンの件だけど、あれは春日君に任せる事に決めたよ」
「えっと、どういうことです?」藤巻は聞き返す。A社は今後新規営業をかける予定の大手企業であり、そのプレゼンテーションは藤巻が担当される事となっていた。久しぶりに任された大口物件であり気負いがなかったと言えば嘘になる。
「あそこは私に任せて頂けるとおっしゃっていたじゃないですか」
 課長は眉間にしわを寄せると、聞き分けのない子供に言い聞かせるように諭す。
「こういう言い方は良くないが、君に任せるのは役者不足だと部長がおっしゃってね。その意見には私も同感だ」
「それで春日君に、ですか?」
「彼は君より後輩だが、売上は君より上だ。その実績が全てだ」
「私の提出したプレゼン資料では客のニーズにそぐわないと言っているのですか?」
「顧客の要望に合わせて言いなりになるだけが営業ではないぞ。顧客が本当に必要とするサービスを見つけ出すのが営業だろ」
「だから、それを私なりに考えたのがあのプレゼン資料なんですよ」
 藤巻は語気が荒げるのを感じながらも、それを止める事が出来なかった。退勤打刻を押した後の会社のパソコン前で、頭をかかえ、何度も書き直し、タバコを何本ももみ消しながら、藤巻は資料を作った。会社のために、自分自身のプライドのために、今回の案件はどうしてもやり遂げなければならないと思っていたからだ。
「すみません、何処が至らなかったか、後学のためにご指導いただきたいのですが」
 藤巻はそう問う。
 しかしその答えが返ってこないのはわかっていた。自分が作ったプレゼン資料は未読のまま課長の机の書類の中に完全に埋もれている――その事を藤巻は知っている。
「それは……あとで言うよ」
 課長は言葉を濁し、藤巻はわかりきっていた返答に落胆した。
 
 自分が透明になっていく。
 自分と言い存在が、他者から認識されないほどに透過し、消えていく。
誰にも影響を与えず誰からも影響を受けない。
 
 机に戻ると後輩の春日が恐る恐るといったわざとらしい足取りでやってきた。
「藤巻さん、課長の話、A社の件ですよね? すみませんが、僕の方で引き継がせてもらうことになりました。今資料を作ってますんで、完成したら藤巻さんのからもアドバイスお願いします」
 丁重に頭を下げる。
「そうだね、まぁ仕方ないよ。課長と部長の独断だし」
 藤巻がそう返すと、春日は明らかに気分を害したようだった。藤巻を差し置いて自分が抜擢される事は職場内の総意であり、自分に実力が藤巻を完全に上回っているという事実から導かれた結果だ。それを不理解な上司の独断と片付けられた事が気に障ったのだろう。
 藤巻はそんな春日の心情に気付いたが、どうでもよかった。
「お言葉ですが藤巻さん、あなたのプレゼン資料見させてもらいましたけど、あれじゃダメだと思いますよ。何も伝わってこない」
 物事の良し悪しの判断もつかない藤巻に対し侮蔑の意思を込めながら、春日はそう言ってニヤリと笑った。
「そうだね」
 藤巻は言う。
 
 自分が透明になっていく。
 藤巻はそんな感覚に身を委ねた。
 自分自身をすり減らしながら日々を送るにあたって、いつしか藤巻は自分が透明な気体に変わって行く事に気付いた。自分の意思、主義、思想など、この会社という小さなコミュニティの中ですら何の影響力も持たず、はじめから無いような物として扱われる。
 自分が無視されていく。
 それに気づいた頃と時を同じくして、藤巻は盗みを行うようになった。
 透明な自分は誰からも相手にされず誰にも見つからない。
 その自己評価が正しいか正しくないかは別として、特殊な技術もない素人の藤巻は今まで一度も見つかる事なく盗みを繰り返しきた――昨夜までは。
 透明にならなくてはいけない。
 自分を悲しみから守るため、透明にならなくては。

「この世に悲しみがなければ、誰だって、何も生み出す事はできないよ」黒い煤になり果て灰皿の上に投げ捨てられた写真を見ながら、女性――作家の宮内アヤカは言う「幸福は人を立ち止まらせるから」
「意味が、わからないですよ」
 藤巻は知らぬ間に本棚にもたれかかっていた。両足の力が抜け崩れ落ちそうになるのを、越冬する蝶の蛹のように本棚にしがみつきながら必死でこらえている。
 月の光が、冷たく鋭い刃から柔らかな絹の糸へと変わった。
 身の回りの全てが留まる事無く、映画のコマ送りのように移り変わっていくこの空間の異様さに、藤巻は軽いめまいを覚えていた。
「私、物書きをしているんだ。宮内アヤカって知ってる?」
「えっと、すみません、知らないです」
 藤巻は本をあまり読まない。ワイドショーで取り上げられるような作家の名前は覚えているが、その作品についてはほとんど知らなかった。ましてや目の前の女性についてなど知る由もない。
「あやまらなくていいよ。知名度が低い事は自覚しているし」宮内は机のいすを引くと猫のようにしなやかに座った「でも、それだけでなんとか食べていけるくらいではある」
 宮内は照れたように笑った。
「その辺に座りなよ。タバコでも吸う? 私は吸わないけど、灰皿はここにあるし」
机の上の灰皿をフローリングの床に置き藤巻の方へとすべらせる。灰皿は白いハツカネズミのように床を走ると、藤巻の足元で失速して止まった。
 その瞬間、張り詰めた糸が切れたように足の力が抜け、藤巻は床にへたり込んだ。
「あんたタバコ吸うんでしょ? タバコの匂いがぷんぷんするよ。旦那と同じタバコの匂いだ」宮内はへらへらと笑う。のっぺりとした月の仮面は剥がれ落ち、感情を露にした人間の顔が現れる「なんだか、今日は特別な夜だな。素敵な夜だ」
 藤巻は胸ポケットからタバコとライターを取り出し、口にくわえ、火をつけた。鼻先の小さな火がほんの少しだけ現実を見せてくれる。異空間にあいた現実に通じる小さな赤い穴を覗き込むようにしながら、肺に灰に溜め込んだ煙を長く吐き出した。
 少し心が落ち着いたのを実感する。
 灰皿に灰を捨てようとして、黒く染まった思い出の残骸がそこにある事に気付く。無下に扱うわけにもいかず煤を丁寧に灰皿の隅へどかすと、もう反対側でタバコ火を消して吸殻はタバコの箱の中へと隠した。
 その様子を宮内は慈愛に満ちたような目で見つめている。
「なんで、燃やしてしまったんですか」
藤巻は煤を見下ろしながら誰にともなく呟く。口の中で飴玉のように転がったそれは質問の体をなしていなかったが、宮内はその呟きに答えるように言う。
「思い出を、刻み込むため」
「刻み込む?」
「文章……作品にね」
 宮内の目は一瞬パソコンに向けられた。そこに書きかけの作品――彼女の思想や思い出が保存されているのだろう。古代生物の化石のようだな、と藤巻は思った。
「目で見える幸せは、思い出をそこに固定してしまう。それじゃあ、私の思い出は私の中だけに留まったまま、何処に向かう事もないでしょ。私は伝えたいの。私にとって大切な人がいて、生きて、死んでいったって事を。私の思い出の中だけにいる二人を、二人の存在を、私の中から解き放ち全ての人々の心に刻み込みたい。幸い、私はそれが出来る立場にいるから」
「でもそれは、すごく難しい事ですよね」
「そうだね、だから私は目で見える思い出を消す。その喪失感が、新たな力強い意思を生み出してくれるから」
「そんな事をして、悲しくないんですか」
「悲しいよ、身が引き裂かれるほどに。でもその悲しみが私の足を動かしてくれる」彼女はもう一度言う「悲しみがなければ、人は何も生み出せない」
 藤巻は絶句した。
 彼女は夫と娘を失って深い悲しみに襲われた事は想像に容易い。その悲しみから逃れるため、透明になろうと思った事もあるかもしれない。心を殺して殻に閉じこもり、深海生物のように砂の中に身を沈ませながら、海水とプランクトンだけを口に流し込んで生きる事も出来たはずだ。
 だが彼女はそれをしなかった。
 目で見える思い出をひとつひとつ消しながら、喪失感という針を身体に突き刺し、薄れゆく痛み――悲しみという思い出を持続させながら、そのひとつひとつを文章に刻み込んできたのだろう。
 頭がおかしいんじゃないか、と正直思う。
 しかし自分にはない何かが見えた気がした。
 透明になろうとする自分と、色褪せるものを押しとどめようとする彼女。
「泥棒さん、あんたの事通報はしないから安心して」宮内は言う「久しぶりに人と話して、なんだか落ち着いたよ」
「え、あ、ありがとうございます」
通報と言う言葉を聞いて、藤巻は自分の立場を思い出した。自分は泥棒、あくまでもこの家の異物でしかない。
「それでさ、悪いけど、そろそろ帰ってもらえるかな? 私、マジで眠くなってきちゃったよ」
 心底申し訳なさそうに宮内は頭を下げた。
「そうですね」
 その仕草におかしさがこみ上げてきて、藤巻は笑った。
床に手をついて立ち上がる。そこで自分の中にくすぶっている何かに気付いた。その何かの正体はいずれ確かめなければならない。今ではないがいずれ――
「宮内さん、また来てもいいですか」
 藤巻は問う。
 宮内はニヤリと笑う。
「今度は昼間に玄関からお願いね」

-3 へ続く

透明という色-1

 アパートの一室は海底のように澱んだ雰囲気で満たされている。長い溜息によって舞い上がった諸々の思考の死骸は、頭蓋骨という殻に篭った灰褐色の軟体生物の思考力を更に濁らせる。
 藤巻健吾は悩んでいた。
 手のひらには文庫本。古本チェーン店の108円の値札が貼られた流行作家の文庫本はそれ自体に大した価値はないだろう。大量生産し大量消費されるハンバーガーや缶コーヒーと同じ様なものだ。ただし文庫本の中に栞代わりといった様子で挟まれた一枚の写真、その価値を藤巻は推し量れずにいた。若い男女が海岸の波打ち際に立ち、男の腕には小さな女の子が抱きかかえられている。男女は一面に笑顔を浮かべカメラを見ているが、女の子は別のものに興味があるのか明後日の方向を指差している――そんな幸せな家族旅行の一瞬が切り抜かれた写真だ。
 その価値を第三者である藤巻が推し量る事は不可能だ。他人にとっては紙切れでも、本人にとっては紙幣以上の価値を持つものが存在することを藤巻は知っている。その不明確さが重石となり彼を悩みという深海へ沈みこませていた。
 価値のないものを盗む――それは藤巻が盗みに入るときに第一に掲げている信条だ。
 そもそも藤巻にとって盗みは単なるストレスの解消法でしかない。高価なダイヤを盗み高級車を乗り回す欲もなければ、悪人から盗んだ物を弱者に分け与えるような正義感もない。単なる窃盗行為に貴賎があるとは言えないが、あえて言うならば刹那的な気分の高揚感を得るためドラックストアで歯ブラシやスナック菓子をバックに詰めるような程度の低い行為に近い。結果や報酬ではなく盗みと言う行為自体が目的に摩り替わっている。
 だからこそ、無用な罪悪感に苦しまないためにも、盗む対象は価値のないものにする事を徹底していた。何も書かれていないメモ帳や、机の上に放置されたスナック菓子の袋、冷蔵庫に張られた磁石、100円均一で売っているようなスプーン、ベッドの下に落下した雑誌、などなど。
 今回は古本チェーン店に108円で並んでいる一昔前に流行った作家の文庫本を価値のないものと判断し盗んできたのだが、その中から価値の不明な一枚の写真が出てきた事が問題だった。この写真が持ち主にとって何ものにも代えがたい価値のある品だった場合、藤巻の信条は粉々に崩れ落ちてしまうだろう。

 悩んだ挙句、藤巻は部屋を出た。

 昼間の暖かさは夜風に押し流され、建物の隙間や河原の茂みの中に隠れていた冬の残党が、死期の近い草食動物のように覚束ない足取りでさまよい歩いている。二つの季節が入り混じったなまぬるくも静謐な空気を吸い込むと、思考を混濁させていた死骸たちも少しずつ夜風に洗われていくような気がした。
 時刻は深夜2時を回っていた。
 昨夜あの家に忍び込んだのも同じような時間帯だった。日中の真っ当な仕事の事を考えると2日連続の深夜営業は遠慮したいところなのだが、気持ちの整理がつかない今の状態では満足な睡眠をとる事すら出来ないだろう。同じ睡眠不足に陥るのなら心のつかえだけでも外しておきたい。
 写真を返しに行こう。
 それが、悩んだ挙句に藤巻が出したあまりにも馬鹿らしい結論だった。
50万円で買った中古の軽自動車が梱包用エアーキャップを捻り潰すような軽々しいエンジン音を響かせ、死んだように車通りの途絶えた国道を走り抜けていく。昼間は一面に広がる田園風景が心を和ませてくれるが、夜は何もない宇宙に放り出されてしまったような孤独感がある。路肩に植えられた黄色いチューリップがヘッドライトに照らされ、まるで彗星のように光りながら後方へと流れていった。
 目的の住宅街は小高い丘にあった。
 丘の麓で恒星のように光を放っているコンビニの駐車場の端に車を停めると、店員へ駐車料金代わりに購入したピースのスーパーライトを口にくわえて火をつけた。暗闇の中で互いに溶け合い巨大な建造物のように変貌した住宅街の一画を見上げながら、藤巻は現実感が徐々に薄れていく感覚に酔いしれた。鼻先の赤い火だけが唯一残った現実、その現実の残り火に藤巻は意識を集中させた。
 タバコの火をもみ消した時、藤巻は深夜営業のモードに切り替わっていた。
 コンビニの駐車場に車を置いたまま藤巻は丘を登り始めた。昨夜忍び込んだ家は丘の中腹、背後を林に囲まれた住宅街の外れにある。太い木の枝がうまい具合に2階ベランダ付近まで伸びていて、そのうえ昨晩はベランダ窓の鍵が開いていたため容易に侵入することが出来たのだった。昨晩と同じルートを通ってベランダへと移る。ベランダに溜まった乾いた落ち葉が藤巻の侵入を警戒するかのようにカサカサと小さな音を立てた。サッシに手をかけて横にスライドさせると窓は抵抗なく開く。
 すべては昨晩と同じだった。
 藤巻は価値のあるものを盗まないが、そのため盗まれた相手も泥棒に入られたことにまったく気付かない。警戒心を持たれないのだから同様の手口で再度忍び込む事も容易だ。
 部屋に入ると昨夜と同様に古い本の放つ甘ったるい匂いが充満していた。採光のために開けたカーテンから絹糸のような月明かりが差し込み、部屋の全貌が何となく見渡せる。向かって右の壁沿いには作業机とパソコンが置かれ、向かって左の壁沿いには大きな本棚が据えられている。
 本棚には多種多様なサイズの本がパズルのように隙間なく押し込まれている。文庫本に単行本に新書、色の落ちたカバーに包まれた聞いた事もない作家の小説全集などなど。様々なジャンルの知識が無造作に収納された本棚は、持ち主の脳内を映し出す鑑のようだ。この家の主はよほど文学に造詣が深い人物なのだろう。
 昨晩はこの本棚から一冊を失敬したわけだが、今回はここに写真を返しておけばよい。
 藤巻は胸ポケットから写真を取り出す。
 折り目がついている事に気付き、指で丹念に伸ばして形を整える。
 本と本の隙間にそれを差し込もうとしたその時、部屋の奥の扉付近で蝶番がきしむ音を聞いた気がした。
 藤巻は無意識に音のした方へと視線を移す。
 
 開け放たれた扉の向こうに、人が立っていた。

「だれ?」
 女性の声がそう誰何した。
 藤巻は本棚に写真を差し込んだ体勢のまま、首だけ扉の方を向いた状態で硬直した。
 逃げろ。
 脳髄から発信された指令は脊椎に引っ掛かりうまく手足へと伝わらない。今までの経験からくる慢心が同じ触れ幅のまま間逆の戸惑いへと転じ、振り子の糸がまるで鎖のように藤巻の体を縛り付けていた。夜の山道で自動車のヘッドライトに照らされたハクビシンの様にただ呆然と立ちすくむ事しか出来なかった。
「ここ、私の家なんだけど、なにしてんの?」女性の声がそう続ける「泥棒ってやつ?」
 藤巻はたどたどしい口調で弁解を試みる「違うんです」言ってその先が続かない。深夜に見ず知らずの他人の家に窓から忍び込んだことに対して弁解の余地などあるはずがない。ただ何の釈明にもならない「違うんです」を繰り返す他なかった。
「違うって、何が違うのさ」女性はあきれた声を出し藤巻の方へつかつかと近づいてくる「ここは私の仕事部屋なんだけど、あんた出版社の人? 違うでしょ?」
 距離が狭まったことで女性の輪郭がぼやけた破線から実線へと変わる。短めの髪で縁取られた白い肌の上で黒目勝ちの大きな眼球が藤巻を睨み付けていた。ゆったりとしたパジャマとの対比で華奢な首筋や手足が病的なまでに弱々しく見え、まるで脆弱な草食動物のような印象を受ける。そんな被食者然とした女性が何の武器も持たない無防備な様相で、自分より背の高い男を果敢に威嚇している様は一見して不自然な光景だろう。
「泥棒なら泥棒でいいんだけどさ。べつに盗られて困るようなものなんてないし。何を盗ったの? その本棚に並んでる本は別にプレミアがつくような代物じゃないよ。近所のブックオフに売りに行ったところで10円の価値もないかもよ。欲しいんならあげるからさっさとどっかに消えてよ。私、もう少し寝ていたいの」
 女性は心底迷惑そうに後頭部を掻きながら藤巻の目の前に歩み寄る。その無防備な立ち振る舞いはある意味自暴自棄の表れであるようにも感じられた。自分に限って不運な出来事など訪れないだろうという傲慢な態度とは正反対の、不運な事態全てを飲み込んでなおどうでもいいよと鼻で笑うような、そんな自暴自棄の境地。
 骨に皮を貼り付けただけの手羽先みたいな指が髪をかき乱す度に、嗅いだ事のないシャンプーが香る。
「違うんです、俺はただこれを返したくて」
 藤巻はとっさに右手に持った写真を差し出す。この写真を何処で手に入れたのか、という疑問を投げかけられればまた応えに窮してしまうのは目に見えているが、藤巻にそこまで考えるほどの精神的な余裕はなかった。ただ事を穏便に済ませ、この場を立ち去ることだけしか頭にない。
「なにこれ、写真?」
 女性は写真を手に取ると目だけを動かして写真を見やった。
その瞬間、ただでさえ大きな眼球が更に見開き、手にした写真を眼前に掲げると食い入るような目で睨み付ける。
「この写真――」そう呟き、言葉を止めた。
「すみません、拾ったんです。その写真を拾ったから、返しに来たんです。違うんです」
藤巻はしどろもどろで筋の通らない弁解を試みるが女性は何の反応も示さない。女性の無反応を怒りによるものと判断した藤巻は無意味な弁解と謝罪を更に重ねようとして、気付いた。
 女性の肩が震えている。
 藤巻は弁解の言葉を止めた。泥棒と住人が無言のまま向き合っている。
 月明かりが雲で隠れて視界が黒で塗り潰される。視覚を失ったことで研ぎ澄まされた聴覚が場違いな音を捉えた。
嗚咽を押し殺すくぐもった声。
 女性は泣いているようだった。
 先ほどまで気丈な態度を見せていた女性の変貌に藤巻はひどく混乱した。ただし先ほどまでの焦りに由来した混乱とは違い現状を正確に把握できないが故の混乱だ。今目の前で何が起こっているかはわからないが、藤巻は赤熱していた脳髄が冷静さを取り戻しつつあるのを感じた。
 やがて涙で薄められるように一面の黒は徐々にその濃度を薄めていく。
 ほんの十数秒間が、数十分にも引き伸ばされたような、酷く曖昧な時間が流れる。
 月が完全に雲から顔を出した時、女性の目は藤巻に向けられていた。
 薄闇の中では涙の跡も見えない。再び気丈に戻った女性の視線を前にし、藤巻は先ほどの変貌が幻覚であったような気さえした。
「どこで見つけたのか知らないけど、ありがとう」女性は言う。
「あの、大丈夫ですか?」藤巻は言う。
「この頃の写真、もう無いと思っていたから」
「大事な写真なんですか」
 藤巻はそう聞きながら写真の構図を思い出していた。そう、子供を抱いた若い夫婦の写真だ。写真の女性が目の前の女性なのだろうか? 確かに面影があるような気がする。
そこで当然の疑問が生じる。ならば写真の旦那と子供もこの家のどこかで寝ているのだろうか。他の住人に見つかったらまずいのではないか? この女性は何故か大声も出さずに落ち着いているようだがが、旦那や子供がこの女性と同じ反応を示すとは言い切れない。仮に暴力を振るわれるような事があれば何事もなくこの家から逃げ出す事など出来ないだろう。
 そんな不安は女性の次の言葉を聞いて砕けた。
「もう二度と撮れない写真だから」
 藤巻は、先ほどの涙の訳を知った。
「二人とも死んだ。数年前に事故で」
 涙の訳を知ったが、藤巻は何も言うことが出来なかった。
「この写真は、三人で海を見に行った時の写真なんだ。ドライブの帰りに立ち寄っただけなんだけど、あの子初めて見る海に夢中になっちゃって。海岸の砂で山を作ったり、綺麗な貝を探したりして遊んで、そしたら近くにいた老夫婦が写真を撮ってくれるって言ってくれて、お言葉に甘えて撮ってもらうことにしたんだ。でもあの子、遠くに綺麗な貝が落ちてるのを見つけちゃって、それを早く拾いたいって聞かないから、結局、あさっての方向を向いた残念な写真になっちゃって――」
 幸せな思い出を大事に抱きしめながらその頬にキスをするように呟く。女性の目はもはや真夜中の侵入者になど興味を示していない。
 ただ自分自身に語りかけるような独白だった。
 藤巻はかける言葉を見つけられないまま立ち尽くしている。
「私の大切な思い出――」
 女性は虚空を見つめながら笑った。
 窓から覗く月のように白くのっぺりとした仮面のような笑顔だった。
 藤巻は肌が粟立つのを覚えた。
 正体不明の不安感が夜霧のように満ちていく。月明かりは急に態度をひるがえし、冷たく鋭い刃で藤巻を攻め立てた。自分という異物が本来踏み込むべきではない空間へ脚を踏み入れてしまったことを自覚した。それはこの家に忍び込んだ事か、それともあの写真を女性に見せた事か。
 いずれにせよ、全てはもう手遅れだった。
 女性は踊るような足取りで作業机へと向かうと、引き出しから何かを取り出す。
 鉱物同士が擦れ合う音とともに女性の手に炎が宿る。
「なにを――?」
 口の中が乾いてうまく言葉がつなげられない。

 無言のまま、女性は写真に火をつけた。

「ありがとう、これでまた失える」
 女性は言う。
 泣き笑いのような女性の表情を、赤い炎が照らし出していた。

-2 へ続く

No.9 バッタの幼虫(脱皮中)

バッタの幼虫2

バッタの幼虫の脱皮シーンを初めて観察!

後ろ足を木の葉に引っかけた逆さづり状態で脱皮するようだ!

決定的瞬間を見ることが出来て感涙を禁じ得ない(誇張表現)!

この前みたバッタと同じ種類に見える。

一つの種が成長していく瞬間を見ることが出来るなんて、なんという僥倖だろうか。

今まで書いてきた虫たちも一期一会の出会いではあったが、それぞれがこの自然の中で成長し、あるものは死に絶え、しかしあるものは成虫となり次の世代を築いているのだろう。

人間と変わらない命の物語が、この小さな庭の周りでいくつも繰り広げられているのだ。

この幼虫も成虫となって、秋の夜に求愛の歌を高らかに響かせて欲しい。

No.8 ハグロトンボとオオシオカラトンボ

2歳の息子とアパート近くの用水路沿いを散歩していると、黒い翅をもつトンボを発見!

「おお、あれはハグロトンボじゃね!?」

侵入禁止の柵を乗り越えて果敢に手を伸ばし撮影!
(子供に見せるべきではない浅ましい大人の姿……)

ハグロトンボ

うーん、遠かったので画質がダメダメ。

ハグロトンボは川辺などでよく見かけるカワトンボの一種だ。

飛ぶ姿はひらひらと舞う木の葉のようで美しい。

子どもそっちのけで悪戦苦闘していると、もう一匹発見!

オオシオカラトンボメス

これはオオシオカラトンボのメスだ。

オスは青白い色をしていて「シオ!」って感じがするが、メスはこんな感じで黄色っぽい。その色合いからムギワラトンボとも呼ばれている。

オオシオカラのメスは、翅の付け根が黒いのが特徴。

突然の2大スターの競演にヒートアップするおっさん!

必死に写真を撮りつつふと息子を見ると、息子は畦道のはるか先へ……。

急いで追いかける、夏の日の正午過ぎだった。

古本屋女子萌えについて

「古本屋の100円文庫本コーナーで本を購入しようとしている派手すぎず地味すぎない普通のファッションをした女子」にえらく惹かれる。

まず重要なのは「三つ編みでしゃれっ気のない文学少女」ではなくて、あくまでも「おしゃれにも気を使う普通の女子」であるということ。

女は化粧だの服だのアクセサリーだのにお金が掛る生き物なわけで、本ばかりに経費をかけてしまっていては彼女の「女子」の部分に皺寄せが来るに違いない。

ここで重要になってくるのが、古本屋の100円文庫本コーナーであるということだ。

新品で文庫本を買うと平均500円くらいするが、文庫化された本で100円ならば同じ金額で5冊買えるわけだ。最新の本であることや、本の見た目的な美しさよりも、読書の量に重きを置いている人なのかな――と勝手に推察してしまう。

ちなみに俺自身は、読みたい本があっても「100円コーナーで見つけるまで極力買わない!」という100円縛りスタイルで費用を抑えようとしている節がある。
この場合、読みたかった本が100円で売っていた場合の感動はひとしおだ。
逆に大学時代の友人は「古本で買うと印税が入らずに作家にが育たないから」と敢えて新品で買っていた。
確かになと思うが、俺は金がないのだからしょうがない。

話が少し逸れたが、要するに「あくまで女子であることを前面に出しつつも、必要最低限の経費で最大数の本を読んでいく」的なスタイルが望ましい。

たとえば、友人と最近流行のショップやスイーツの事について談笑している時にも、カバンの中には常に古本屋で買った文庫本が、花柄のブックカバーに包まれて一冊……そんなシチュエーションを想像すると鼻血が出そうになる。

たとえば、服屋や雑貨屋でおしゃれアイテムを購入したその足で古本屋の100円コーナーに立ち寄り、掘り出し物の古本探しを楽しんでいる……その姿を想像するだけでよだれが止まらなくなる。

いわゆる「ギャップ萌え」みたいなものなのだろうか。

しかし実際にブックオフの100円文庫本コーナーでは、中年のおっさんかおばさんや、俺みたいなさえない系根暗男子(おっさんの一種?)しか見かけない。

おしゃれ女子達は紀伊国屋とかで本を買っているのだろうか。

古本屋女子萌えの身としては、なんともさみしいものだ。

ちなみに俺の妻はというと、東野圭吾とアガサ・クリスティーを新品・古本問わずコレクションしている。
一緒に古本屋へ足を運んでくれるだけでも御の字なのかもしれない。

No.7 オオカバフスジドロバチ

と、思われる。

オオカバフスジドロバチ

ドロバチの類いは泥で巣を作りその中に卵を産む。

そして巣の中には鱗翅目の幼虫などを、自身の子供の餌として蓄えておくのだ。

見た目は強そうだけど、人を襲う事は滅多にない比較的安全なハチだ。

俺がコスプレ女子に群がるヲタクのように執拗にカメラ(スマホ)を向けても完全無視である。

ちょっとしたことでぶん殴ってくるツンデレ系ヒロインより全然安全だ。

「その腰のくびれ、セクシーだよぉ」

「細い足が素敵だねぇ」

「おっきなお尻がかわいいよぉ、ぐふぅ」

とかやっていたら逃げられた。


イヴの夜は永いよ (2003年冬)

 見上げると黒い線が、まるで空の血管みたいに縦横無尽に伸びている。一つの大きな血管は首の角度を上げるごとに幾つにも分岐して、地上の活気やその中に内包された一人一人の嬉々たる感情を空へと送っている。飽和した感情の粒は雲と共に流れ、やがて見知らぬ土地で雪になる。今この街を覆っている雪も今俺の肩にとまっている雪も、どこか遠くの誰かがもらした喜びの吐息なのかもしれない。
 雪が降っている。
 俺はコートのポケットに両手を突っ込んで、アスファルトの不変さを確かめるようにゆっくりと歩いている。
 道路脇の飾りつけられた街路樹が空に向かって手を伸ばしている。
ま るで空の血管みたいに。

 12月24日、一人のクリスマス・イヴ。俺は不思議な老女と出会った。
 コンビニでコーンポタージュを買い、それで身体を温めながら商店街の裏通りへと進む。そこは表通りとは対照的に黒い毛布に包まれたような落ち着いた空気が漂っていた。その片隅で俺は、ろうそくの炎みたいにおぼろげにたたずむ一人の老女を見た。大粒の雪が俺とその老女の間の空間を覆いつくし、まるでレースのカーテンみたいに波打っている。俺は引き寄せられるようにそのカーテンをくぐった。急に雪が和らいだ。
「こんばんは」俺は老女に微笑みかけた。こんな雪の降る夜はなんだか特別な気持ちになる。「こんなところに立ってて、寒くはないんですか?」
 白いストールを羽織った老女は一瞬驚いたような表情を見せる。しかしすぐに目を――青い目を細め、やさしそうな笑みをつくりこくんと一度だけ頷いた。
「そうですか」俺は何気なく辺りを見回す。今ここには俺と目の前の老女以外に人影は見えない。「すごい雪ですね。こんなにつもったの、何年ぶりだろう」老女に向けた俺の呟きは、虚空を漂い独白になった。老女を見ると彼女は笑いながら俺の顔を眺めていた。首を傾げ、口を動かす。しかし声は無かった。もしかしたらこの人は言葉をしゃべれないのかもしれないな、俺は思う。
 四歩ほど歩みより横に並んで立つと、視線を落とし老女を見て問いかける。「家に帰らないんですか? 風邪ひきますよ」老女は首を横に振る。「誰か、待ってるんですか?」
 老女はふいに空を見上げ、二回頷いた。
 俺も同じように空を見上げたが、そこには何もない。幾重にも積み重なった雲が星を覆い隠しているだけだった。落ちる雪の一粒が綿毛のように俺の瞼にとまる。老女はストールを掴んでいた両腕をさらに強く身体に巻きつけた。俺はコートのポケットに突っ込んだ手の指をもぞもぞと意味も無く動かしていた。吐く息は白い。

 突然、頭の奥が収縮するような奇妙な感覚を覚えた。

 まるで自分の記憶が、存在が、手のひら大のブラックホールに吸収されていくような、そんな感覚だった。
 そして俺は気付いた。急にあたりに喧騒が沸き起こり、やがて朧な人々の姿が――まるで泉が湧くみたいに突如として現れたことに。辺りの景色が溶解し再構築されていく。街灯は赤い火を灯し、道行く人々を見下ろしている。
 そこはもう自分の知っている町ではなかった。ただ雪だけが不変に降り続けている。まるでそれだけがこの世界と現実世界をつなぐ唯一の結び目みたいに。
 見たこともない異国の街並み。
 俺の隣には白いストールを纏った少女が立っていた。
 少女は無言のまま行き交う人たちを見つめている。肩を寄せ合う恋人たち、はしゃぎまわる子供とそれを見て笑う二人の男女。イルミネーションが彩る街は華やかさに溢れ、それに呼応するように人々も笑い合う。そんな彼らと対照的に、道の片隅に立つ小さな少女はたった一人で寒空の下にたたずんでいた。彼らの感じている幸福は自分には必要の無いものなのだと、そう自分に言い聞かせるように表情の薄れた目で彼らを眺めている。
 その少女の隣に立ちながら、俺はただじっとその哀愁に満ちた横顔を見ていた。見ていることしか出来ない。俺の声は彼女にも道を行く人々にも届かなかった。この世界での俺の存在は冷たい冬の空気であり降り続ける雪だった。ただ少女の気持ちだけが不可逆的に流れ込んでくる。
 小さな粒が地面を覆い早歩きの人々の足がそれを踏みつけていく。その足跡を隠すようにまた雪が積もり始める。雪の輪廻が続く永久にも等しい時間の中で、少女は肩を丸めて小さく震えながらただ立ち尽くしていた。どれくらいの時が経っただろうか。コマ送りのように断続的に流れる傍観者の時間。しかし俺は少女の感じていた時の長さや残酷さを同じように感じることが出来た。真夜中を過ぎてもなお人々の足取りは絶えない。それでも少女は一人ぼっちだった。
 雪が少女の亜麻色の髪の上に降り積もっていく。
 少女は虚ろな視線を空へと向ける。まるで何も無い虚空にぬくもりを見出そうとするかのように。
 鈴の音が聞こえたのはその時だった。
 トナカイの引くそりが雲の合間から地面へと舞い降りた。それは雪のようにゆっくり、少女の前へと停止する。いつの間にか辺りからは人の声が消えていた。その音のない白一色の世界の中央にやさしい笑みをうかべた赤い服の老人が立っている。少女は驚き、老人の顔を見つめている。老人は笑みを崩さぬまま、
「メリー・クリスマス」
 大きな手で少女の頭の雪を払い、袋の中から取り出した黄色い帽子を彼女にかぶせた。
 少女は両手で帽子に触れる。わけがわからないといった様子でその帽子の端っこを赤くかじかんだ両手で握る。雪が一粒、その手の上に舞い降り溶けてきえた。少女の目に涙が浮ぶ。冷たい頬を伝う温かな滴。
 老人は踵を返しそりに乗り込むと空へと舞い上がった。少女は声を出そうとするが薄く開いた口からは何の言葉も放たれることはなかった。もどかしそうに自分の喉に両手を当て必死に「声」というものを絞り出そうとする。しかしだんだんと小さくなっていく老人を呼び止めることは叶わず、悲しい色が少女の青い目に宿る。
 やがてそりは短い光の尾を引きながら黒い空のかなたへと消えた。そりが消えてからも少女はじっと空を眺めていた。
 辺りの景色が再び歪み始める。さまざまな白が混ざり合い、別の白を作っていく。
『ずっと待っています、再びあなたに会えるまで』
 混濁していく意識の中で、
『あなたに、この喜びを伝えられる、その日まで』
 俺はあの少女の声を聞いた気がした。

 目を覚ましたとき、俺は街の隅に植えられたもみの木の幹にもたれ掛かりながら、足を前方に伸ばして座り込んでいた。わけがわからぬまま立ち上がり地面に転がっていたコーンポタージュの缶を拾い上げる。そして自分の頭上を覆っていたあまり立派とは言えないもみの木を見上げた。ここはさっき老女とあった裏通りの一角のようだ。でもこんなもみの木はあそこには無かった気がする。
 視線を上へ上へと移していきやがて空と木の境目を捉えた時、俺はそのもみの木の姿に不思議な既視感を覚えた。表通りの街路樹とは違い何の装飾もされていない素朴なそのもみの木のてっぺんには、ぼろぼろになった星の飾りがしがみ付いていた。
 黄色い星と白い雪を纏ったもみの木。
「そっか、それでずっと待っていたんですか」
 俺は空へと懸命に幹を伸ばすその老いたもみの木を見上げながら呟いた。異国の店先に置かれた小さなもみの木は、海を越えこの地に根付いてからもずっと彼を待ち続けている。僕の視線はもみの木から低い空へと移る。
 口を開く。白い息が洩れる。
「おーい! サンタを待ってる人が、ここにもいるぞー!」
 思いっきり叫んでみた。が、叫んだあとで恥ずかしくなり顔をしかめる。何言ってるんだか――と悪態を吐いてみたけど、不思議と心は温かかい。
 やれやれと踵を返し歩き出す。

 背後で軽快な鈴の音が確かに鳴った。

 俺は振り向いた。
 オレンジ色の暖かな光。それに包まれて微笑む老女、その隣には赤い服を着た白髭の老人。二人は俺のほうに顔を向けると、小さく頭を下げた。
「え?」僕は驚きコートの袖で目をこする。一瞬ぼやけた視力が再びその場所を映し出した時、そこには一本の大きなモミの木が立っているだけだった。
 まだ真新しい、華やぐ街のイルミネーションを集めて作り出したような、そんな星の飾りを付けたモミの木が。
「はは、あははは」
 自然と笑いがこみ上げてきた。
「そっか、やっと会えたんですね」
 おかしくもないのに笑えるなんて初めてだ。降り続ける雪を見ながら、表通りの方から聞こえてくるクリスマスソングと鮮やかに彩られた喧騒を聞きながら、俺は笑い続けた。
 ふと、一粒の雪が俺の頬に当たって消えた。濡れた頬に手を当てると、俺は一片の雪を掴むように片手を空に伸ばした。広げた指はまるで空の血管みたいに見える。
 俺の喜びを、名も無き老木の喜びを、そして今同じ時を生きている全ての人々の喜びを、星の無い空へと送って欲しい。
 長いイヴの夜、どこかの街でまた、やさしい雪が降るように。

 そんな事を考えて、俺は冬の冷たい――しかしどこか温かい空気に包まれながら、人知れず照れ笑いをうかべていた。

(2015年7月一部手直し)

高校球児達の熱い夏

――というフレーズをラジオで聞いた。

そういや大学生くらいの頃に、高校野球をテーマにした小説を書こうと試みた事があった。

いや、スポーツものではなく「甲子園出場のヒーローをクラスメイトに持つ冴えない高校生の鬱々とした夏の話」だったような気がする。

テレビ画面の向こうで眼光鋭く相手バッターを睨みつけるクラスメイト。
その投球一つひとつに、球場の客席からは歓声が上がる。
2アウト満塁。
このピンチを凌ぎ切れば、彼はヒーローとなる。
大勢の人々が祈りを込めて彼に声援を送る。

少年は襟元の伸びたTシャツ姿で、がりがり君を齧りながら、テレビ画面越しの彼等の夏を醒めた目で見ている。

少年は彼がクラスの中心人物であることを知っている。
少年は彼がクラスの女子と密かに交際している事を知っている。
少年は彼が自分のような人間を見下し軽蔑している事を知っている。

少年は小さい頃からヒーローに憧れていた。
しかし少年は、ヒーローではなかった。

アブラゼミが鳴き続ける。

夏の熱気で覆われた、メッキの輝きを削り取るように。

――みたいな話だった。

たしか某正方形の布プリンスが異常なまでにちやほやと取り沙汰され、それに少なからず影響を受けた話だったと思う。

あれから十年くらい。

いろいろ変わったけど、夏だけは変わらない。

また夏が来ましたよ。

夕やけ

夕焼け

悲しい時には慰められ、意気込んる時には背中を押され、疲れた時には元気をくれる。

自然の景色は何の意図もなくそこに存在しているからこそ、見る人の心に自然に入り込み、どんな隙間も埋めてくれる。

この万能感、人の生み出したものには真似できないね。

見落とすには惜しいものが、この世にはいっぱいあるなぁと思った。

No.6 バッタの幼虫(同定できず)

こりずにぼーっと庭を眺めていたら、バッタの幼虫を発見した。

バッタの幼虫

しかし幼虫の分類同定はよくわからん。

キリギリス科の一種なんだろうけど、自分の素人同定(字を間違えたらいけない)では見当もつかない。

そもそも自分は専門家でもなんでもないく、特別虫に詳しいわけでもない、虫取り少年が大人になっただけの単なる虫好きおじさんだ。

※仕事柄害虫関係には若干明るいが…

そんな自分を少しでも向上させるため、虫に関する知識の整理と、虫を素人なりに同定することで知識を深めていくのがこのシリーズの趣旨なのである。

これが何の幼虫なのかわかる方いましたら、コメント下さい…

No.5 マメコガネ

ぼけーっと庭を眺めていると、葉っぱを食べる虫を発見。

マメコガネという虫だ。

マメコガネ

農作物を食べる害虫として知られるが、光沢があって見た目はとても綺麗な甲虫だ。

小さい頃熟読していた昆虫図鑑の表紙にこの虫が使われていたので、なんとなーく印象に残っている。

初めて実物を見たときは「図鑑の表紙の虫だー!」って興奮したものだ。

しかしまぁ、結構どこにでもいる普通のコガネムシの一種である。

それにしてもこのシリーズ、見事に甲虫ばかりしか取り上げていない。

やっぱり目立つから見つけやすいんだよね、甲虫。
プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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