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目次

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オリジナル小説やらちょっとしたブログを記載しています。

○小説

・現在執筆中
 ワースレスの夜明けに ←長編
  プロローグ
  第一章    

 どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~ ←大学の軽音楽部弾き語り部門を舞台にした日常系連載小説。
            
           
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  31
  どんびき!登場音楽の解説と元ネタ(随時更新)

 恐怖心の文章化シリーズ ←自分が怖いシチュエーションを文章にしてみたもの。
   

・完結作品
 透明という色 ←泥棒に入った家で男はある女性と出会い次第に感化されていくが。
           

・過去作品(ブログ作成以前)
 ハロウィンの夜、電波塔の二人 ←現世に舞い戻った幽霊と彼を生き返らせようとする同僚の奮闘。

 このバス人生経由 ←人生をやり直せるバスに乗り込んだ男。もしも系ファンタジー。

 神社での七日間 ←少年の少女の神社での交流。雰囲気重視ストーリー。

 イヴの夜は永いよ ←イヴの夜に出会った老婆の正体は。ほのぼの系ファンタジー

ブログ系
最近見かけた虫達 ←昆虫関係のブログ

旅の記録 ←旅行に関する「思い出のアルバム」的ブログ

【競馬】キングヘイロー産駒応援の日々 ←レース予定、結果など

ばからしき日々 ←ネガティブなこと、バカらしいことを主に記載

すばらしき日々 ←いい事、感動したことを主に記載

読んで頂いた方、なんでもかまいませんのでコメント頂けるとうれしいです。

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どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~44

二度と上る事はない、そう覚悟を決めてこの道を下った2年前の私。

最寄の無人駅を降りて、線路脇の路地を進み、小高い丘から覗く白い建屋を見上げた時ーー鼻の奥の方をチクチクとくすぐる記憶の残滓が、私ーー桐原加奈にあの日の感情を呼び起こさせる。
けれどもあの日感じた寂しさや悔しさ、ほんの少しの後悔は、今更私の胸を締め付ける事はない。ただぼんやりとした輪郭を保ったまま、記憶のスープの中でゆらゆらと揺れている。
あるのは、ただ純粋な懐かしさ。

今の私はほんの少し首を回して、過ぎ去った日々を横目で眺めているだけなのだと、そう自分に言い聞かせていた。
いずれ鈍い首筋の痛みを感じ、またいつも通り前を向くことになる。そこに、今の自分の生きるべき道が見えているのだから。
ただ、私の滲んだ視界の端が、このパステルカラーの日々を映している間は、少しだけその淡い色合いに目を細めていたい。

坂を上る。
喧騒が次第に大きくある。
ああ、あの日の続きが、ここにある。


第44話「学祭(過去と)」


『どうもみなさんこんにちは〜、軽音楽部 弾き語り部門と申します〜』
ギターを爪弾きながら、背の高い糸目の友人が皆に向かって深々と頭を下げた。

夜の一部を切り取り貼り付けた様な体育館の一画。しかし其処にひしめく人々の息遣いは、誰もが静かに眠りにつくであろう本物の夜には程遠い。視界という知覚器官の欠落を、他の器官が補うという話を聞いたことがあるけれど、やけに大袈裟に響いてくる人々の気配も、それに起因するのだろうか。
強制的に視覚を奪われたのち、急にスポットライトが正面のステージを照らし出す。
復活した視力が、光を求める。
皆の視線を一心に受け、6人の学生がステージ上で深々と頭を下げた。

私は、声を上げそうになる。
みんな、私もここに来ているよ、ってステージ上の旧友二人に手を振りたくなる。
しかし、それは場違いな事だ。今目の前にいる弾き語り部門は、私のいた、私達が築き上げた弾き語り部門とはきっと違うものになっている。子供の頃来ていたお気に入りの服も、やがて袖を通すことが出来なくなる様に、今の弾き語り部門は私の身体に馴染む事はない。
それは悲しい。
悲しいけれど、失望するような事ではない。
歩む道が分かれても、お互いが自信を持って今を生きているのなら、私は胸を張ってあの頃の自分を肯定できるし、これからの自分に希望を見出すことが出来る。
過去、今、未来、それらは繋がっている。
今の私を形作り、未来の可能性を生み出してくれる『あの頃』は、確かに私の中で生きている。
そうだよね?
確信を求めたくて、誰ともなしに問いかける。

杉田君
ごっちん
メガネの男の子
容姿の整った男の子
長い黒髪の小柄な女の子
茶髪で長身の女の子

みんな、弾き語り部門を繋げてくれて、ありがとう。

ギター2本が旋律を奏でる。
ごっちんのギブソンがリズムを刻み、杉田君のマーチンがメロディーを浮き上がらせる。
杉田君、あの頃よりも更に上手くなっている。マーチンも、私の腕の中で鳴いていた頃と同じように気持ち良さそうな声で鳴っている。杉田君は努力家なんだ。周りにそういう素振りを見せないから、そう思われないかもしれないけれど、やると決めた時の杉田君は本当にすごいんだ。多分、私とごっちんと、涼子だけが知ってる。
そしてごっちんは、今も抜群に上手だ。あの頃の私は、多分ごっちんに恋をしていて、ギターに対する気持ちと、ごっちんに対する気持ちが、ごちゃ混ぜになっていたと思う。でもその事を後悔はしていない。それを含めた今なのだと、そう言える自分になれた気がするから。ありがとう私の先生、私の初恋の人。
周りを見渡す。
誰もが二人の奏でる繊細なメロディーに息を呑んでいるのがわかる。
どうだ、すごいだろう、弾き語り部門は!

「懐かしいね」
一曲目が終わり、ほんの少し生まれた喧騒の合間に、聞き知った声が私の耳を撫でた。
「この場所で、この4人が、同じ音楽に耳を傾けてる」涼子がそう言って私の顔を覗き込む「来てくれてありがとう、加奈」
「ありがとうと言いたいのはこっち。こんなに立派になったんだね、弾き語り部門」
「一生懸命練習してたから」其処で涼子は苦笑い「卓球部部室は常に占領されているし」
「まだ間借りしてたんだ、どーもすみません」戯けた調子で頭を下げてみる。
「いえいえ、大丈夫ですよ」調子を合わせて涼子も頭を下げ「それで、あの頃の空気を保管できているなら‥‥ね」心底嬉しそうに笑った。
「あ、2曲目が始まる」涼子の言葉で、私もステージに顔を戻す。

「えー、次の曲は『永遠』って曲です。多分どっかで聴いているであろう、ある友人に向けて作りました」
杉田君が言う。
きょとんとした私の二の腕を、涼子が小突く。
「私達3年はこの学祭で最後です。でもこれから演奏する後輩たちが、弾き語り部門を始めた『3人』の意思を、きっと引き継いでいってくれると信じてます」
急な語りに、皆困惑したと思う。一度静まろうとしていた会場に、再び喧騒が生まれ始める。
しかしそんな事はお構いなしと言った様子で、杉田君は声高らかに叫ぶ。
「弾き語り部門は、永遠に不滅!!」
冗談かと思ったか、会場に笑いが起きる。
いいぞー! 熱いぞー! という叫び声の中で、満足そうな杉田君とごっちん。
私は涙が溢れた。
あの頃は、生き続けている。

曲が始まった。
皆、再び耳を傾ける。
二人のリフレインは続く。
永遠が、存在するかのうように。


どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~43

第43話「学祭(今と)」

無機質な建物に熱く滾った血が通い、のぼせ上がるような熱量が足の先から染み入ってくるような気がした。

学生入口のガラス戸に貼り付けられた『学生ライブ 13時 体育館』の手書きチラシが目に入り、僕ーー平均は興奮と緊張と不安と喜びが入り混じった何とも不可思議な感情を、右手にぶら下げたギターと同じように、無表情という名のハードケースに押し込み、素知らぬ顔で廊下を歩いた。
それでも感情というやつは、コーラの炭酸みたいにほんの微細な隙間から漏れ出してしまうらしい。学生掲示板のガラスに映る自分の顔。口の端が妙な調子でつり上がっていた。
満開に咲いた桜の写真が印刷された『写真サークル 作品展示 B203講義室』のチラシが貼ってあるガラス戸を抜けて、中庭に出た。そこでは秋風に染められ茶色の葉を揺らす桜の木が、色めく僕達を見下ろすように聳立していた。普段は放置された鉢植えのように殺風景なこの場所も、今日は数多の屋台が軒を連ね、鮮やかに彩られた看板の花が咲き誇っている。見慣れた大学の一画がこんなにも変貌を遂げるものなのかと、毎度驚かされる。

「あ、キミ、弾き語りの子‥‥そう、平くん! 平くん、だよね?」
聞き覚えのある声に呼び止められ、僕は声のする方へと目を向けた『ピンポン玉たこ焼き』と書かれたその屋台では、卓球部副部長の国府涼子先輩が手を振っていた。
「あ、ここが卓球部の‥‥」なんだか幻想から現実に呼び戻されたような気分。やけにぼんやりする頭で普段通りの自分を取り繕いながら、僕は屋台の方へと足を向ける。
「いらっしゃい! 何か買ってかない? 丁度今焼きたてがあるよ」こちらも何処か浮かれた様子で、親指と人差し指で輪っかを作り揺らしている。まん丸のたこ焼きをイメージしているのだろうか。普段の冷静沈着な印象もどこか有耶無耶になり、ハッピを着て子供のようにはしゃぐ国府先輩がなんだか可愛らしく感じた。祭という束の間の幻想がそうさせるのだろうか。後にこの時のテンションについて言及しようものなら、恐らくいつもの冷静な視線を向けられ辛辣な言葉を投げかけられるかもしれないので、見なかったことにしよう。
「それじゃ3舟もらいます。部室に差し入れするんで」時々顔は合わせるけれども、二人だけで話すことなどほとんど無かった国府先輩。普段なら緊張しまくってまごつくようなシチュエーションだけど、今日は自然と言葉が出てくる。ありがとう、祭の幻想の後遺症よ。
「杉田くんやごっちんも部室に来てるの?」
「多分。早めに来るって言ってたんで」
「ふーん、少し手が空いたら顔出してみるね。てか、顔出すって、あそこうちの部室なんだけどね」ケラケラと笑う。
「先輩達に、ソースこぼさないよにキツく注意しときますね」
「頼んだぞ、平くん」
「了解っす」

手には8個入りパックのたこ焼きが3舟ぶら下がっている。ピンポン玉のようにまんまるだ。卓球部部員の皆さんも、きっとこのまんまるのたこ焼きを焼くために修練を重ねたに違いない。みんな、今日のために準備を進めてきた。
僕達も負けていられない。

「あ、平くん」また声を掛けられた。どことなく呆けた顔のひまりさんが、小走りで駆け寄ってくる「おはよう」
「おはよう」おはようと言うには少し遅い時間だけど、僕は同じように返す。
「昨日、眠れた?」
「遅くまで準備してたけど、多少は‥‥」
「私、ドキドキして全然眠れなかったよ」
この呆けた顔の正体はそう言うことなのか、と納得する。
「でも、大丈夫! ちょっと眠いだけでコンディションはばっちりだよ」眠気を吹き飛ばすように、大きく頷いて見せる。肩にかけられたギターケースが揺れた。
小さなひまりさんが持つと、このギターケースは不釣り合いに大きい。最初の頃はそんなふうに見えていたけれど、最近はその違和感も薄れて、ギターもひまりさんを信頼して肩を預けているようにも見える。ギターとの信頼関係が生まれてきたんだろうね‥‥歩きながらそんな話をすると、ひまりさんは嬉しそうに頷いてくれた。彼女の心を覆う緊張が、ほんの少しでも和らいでくれたらいい。

視線を遠くに移すと、白い講義棟のを飛び越えて、赤く彩られた山並みが見える。

枯れた地面を赤や黄色の落ち葉が覆い尽くしていくように、不安や戸惑いを包み込んでくれる鮮やかな色合いだ。
この壮大で、緻密な、自然の絵画。数年前の僕は、この町に、こんな素晴らしいものが存在しているなんて、想像さえもしていなかった。

この場所で、この大学で、この空気の中で、いろいろな出会いがあり、いろいろな発見があった。
そしてこれからも、いろいろな出会いと別れ、いろいろな変化が生まれていくのだろう。

人と人との繋がりも、この景色と同じだ。
花が咲き、緑が繁茂し、色を変え、やがて果てる。変化があるからこそ、美しい。

急に立ち止まった僕に気づいて、ひまりさんも足を止め、振り返る。
「どうしたの?」
「ひまりさん」
「なに?」ゆっくりと歩み寄り、僕の見つめる方向に目をやる。彼女にも、この景色が見えただろうか。見えていて欲しい、そう願う。
「ライブが終わったら、学祭見て回ろうよ」
「うん」
「二人で」
少しの沈黙。その後「うん」
目は合わせず、二人同じ方向を見ている。彼女にも、この景色が見えているだろうか。

部室では、既にみんなが集まっていた。
普段はバケツの中のふやけた雑巾みたいに弛緩しているここの空気も、今日に限ってはだらけのぬるま湯が絞り出され、硬く引き締まっている。
僕の差し入れたたこ焼き口に投げ込み、熱々のそれをハフハフ言いながら飲み込んだ後、弾き語り部門長の杉田先輩は、皆を見渡し頷く。
「えー諸君、いよいよ本番なわけだが」皆、杉田先輩の方を見る「この学祭にかける想いは、人それぞれだと思う。今日で最後になるもの、これからの弾き語り部門を繋いでいくもの、色んな想いが重なり合った時にこそ、最高の音楽ってのが完成すると俺は思っている。心を一つに、とか言う合唱コンクールみたいなノリは俺達には似合わない。好き放題、叫びたい音楽を叫び、掻き鳴らしたい音楽を描き鳴らせばいい。でも、それでも、これだけはみんなに感じといて貰いたい。それはーー」

その言葉の先を僕は知っている。
僕が勇気づけられ、ひまりさんを勇気づけてくれた言葉だ。

「ギターって、音楽ってめちゃくちゃ楽しいって事だ」
僕は、頷く。

「そんじゃ、楽しんでこよう!」

そして、学祭ライブの幕が上がる。

どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~42

第42話「それぞれの、その日まで その4」

○平均の、その日まで

落ち着かない夜は、ギター磨きに没頭する。

オイルを垂らした布でボディを丹念に磨くと、高校生のバイト代で手が届く程度の安物ギターですら、ショーケースに飾られたヴィンテージのように艶かな輝きを放ちはじめる。霞がかった様にぼやけた輪郭が、濃い鉛筆で何度もなぞられたみたいに、力強い存在感を帯びてくる。
相棒が見せるその表情が、いつも僕の気持ちを落ち着かせてくれるのだ。

心の中にある、濃くて淡くて柔らかく固いものが、次第にその姿を現し始める。それは至ってシンプルな問い掛けだ。失敗、迷惑、嘲笑、落胆?‥‥違う、そうじゃない。僕が、僕自身に問い掛けたい言葉は、そんな他人の眼の中に映り込んだ自分へ向けられるものじゃない。
その時の僕が、その瞬間を楽しめるのか?
そして未来の僕が、その瞬間を楽しかったと思い返す事が出来るのか?

秋の夜は長い。
実測値ではなく感覚として、秋の夜は脳の何処かにある赤茶けた錆だらけのリュウズを回してしまうのだろう。時計の針は迷子の仔犬みたいに、無闇矢鱈に進んでは、同じような速度で来た道を引き返す。そんなデタラメ時間の中で引き伸ばされ推し窄められた僕の感覚は、ペグを緩めた0.012インチのスチール弦みたいに、間の抜けた欠伸を誘発した。
一つの巨大な音の集合体があるとする。いくつもの飛沫が組み合わさり、轟音と共に滝壺へと流れ落ちる澄み渡った清流。ひとつひとつの音に耳を澄ませれば、粒の大きさや落下する高さはまちまちで一つとして同じ音がない。窓の外から聴こえてくるウマオイの奇妙でひょうきんな声に耳を傾けて、僕はそんな事を考える。
僕らの音楽もそうでありたい。複数の音が絡み合い一体となり、音楽として空間を彩る。
しかし切り離されたひとつの音にだって、何かしらのストーリーを感じさせたい。

「夜中になんでギターいじってんの? なんか怖いんですけど‥‥」
隣室の引き戸の隙間から、怪訝な顔をした妹ののどかが覗き込んでいた。明日の学祭を見物するために今日は僕の家に泊まっている。受験生としてのモチベーションを維持するために、最近は様々な大学の学祭を見物しているらしい。
「あ、わるい、起こしたか?」
「いや、布団の中で参考書読んでたから」そう言いながらも溢れそうになる欠伸を右手で抑える。多分、ほぼほぼ睡眠学習の領域に突入していたに違いない。
「ほどほどにな」僕はそう言ってギターに向き直った。背中からなんだか物足りなそうな妹の視線を感じる。

「お兄、なんか変わったよね」そんな呟きを背中に受けた。
「どこが?」僕はのどかの方を見る。引戸の隙間から覗くのどかの白い顔は、夜の窓ガラスに写った自分の顔にどことなく似ている。いつもみたいに背伸びの化粧をしていないせいか、その顔はなんだか幼く見えた。僕の後ろをついて回って、僕の真似ばかりしていた幼い妹の顔だった。
「なんだか、しっかりしたって言うか‥」のどかが呟く
「なんだよ気持ち悪い」
「いや違うし! 調子にのんなよ! えっと、うーんと」のどかは腕を組んで考え込む。
僕は布にオイルを染み込ませながら次の言葉を待った。
無言になる。
時計の音、外では秋の虫の音。ふと、明日歌う予定のオリジナル曲のワンフレーズが思い浮かんだ。
「なんていうか、いつも楽しそう、っていうか」
「楽しいよ」僕は臆面も無くそう返した。そう、楽しい。弾き語り部門のみんなと過ごす時間も、一人で自分の思考に沈んでいく時間も、講義を聴きながら曲の歌詞を考えている時間も、その曲をみんなの前で披露する瞬間も、どれもかけがえのない時間だ。

「うちもさ、大学生になったら、そんなふうになれるんかな?」のどかは言う。何か思うところがあるのかもしれないが、今ここでは聞かないでおく。必要になれば、こいつから相談してくれるはずだ。
だから僕は、こう答える。
「明日のライブを見れば分かるよ」

どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~41

第41話「それぞれの、その日まで その3」

○先輩達の、その日まで

居酒屋という文化は極めて日本的だ。
建前の裏に隠された本音を吐き出すのには、酒の匂いと喧騒で混沌としたこの空間は至って好都合だ。言葉の端にこびりついた目も当てられない負の感情ですら、換気扇に吸い込まれていく煙草の煙のように抜き取られ、あとには笑いと歓声の記憶だけが残る。そしてまた、何事も無かったかのようにいつもの日々。その繰り返しが膨らんだストレスの圧調整を担っている。
彼らにだって悩みはあるし、不安もある。モラトリアムはそこから抜け出すことに莫大な労力が必要となるが故に、先の見えない重圧が心の重石となる。
しかしそれでも彼らは進むしかない。
可能な限り逃げず、腐らず、笑って。

「学祭終わったらさー」4杯目のビールジョッキを傾けながら「いろいと、面倒臭いことが山積みなんだよなー」杉田三郎は溜息のように吐き出した。自身の感じている不安や寂しさを、面倒臭いという怠惰のオブラートに包んで放り投げる。
「卒業研究に、就職活動か‥‥学生の本分であるが故に、今まで通りの生活を、という訳にはいかないな」五智哲夫は日本酒の入ったお猪口を傾けながら頷く。
「ごっちんは就職するんだ」なぜこの場に自分が呼ばれたのか、という心の濁りも酒の力によって真水くらいに薄まっている。そんな国府涼子はカシスグレーフルーツをジュースのように喉を鳴らして飲み干した「杉田くんと2人で、ミュージシャンデビューすればいいんじゃない? ごっちんのお兄さんもプロなんでしょ?」
「ああいう世界は運みたいなものだ。俺の兄貴もほんの少し運が向かなければ今頃別の仕事をしていただろう。努力云々ではどうしようもない」ほんの少し、夢を見るような眼差しを虚空に泳がせ、しかし迷いを断ち切るかのように断言する。
「俺は、院に行くわ」杉田は興味なさそうに呟く「だからごっちんと音楽業界に殴り込みに行ってる暇なんかねーの」
「同感だ」
「けっ、そうはっきり肯定されるとなんか釈然としねーや」そう言って嘲るように杉田は笑った。
その笑いを最後に、各々に所在のない沈黙が訪れる。
それぞれ事情や進むべき道は異なる。しかし何か共通するものがあるからこそ、彼らは今ここで酒を飲み交わしている。それが何であって、どうしたら寂しさや不安を抜き出した上で、それを言葉として形作る事が出来るのか。
そんな事を考えていた。
「そういや、平ちゃんの曲‥‥」杉田が呟く。ジョッキは既に空だ「ダサい曲だったけど、まぁなんつーの? わかる、って感じはしたよな」
今日の昼間に後輩2人がお披露目したオリジナル曲を3人は思い出していた。
「今の俺達の怠惰で甘ったれた日々なんて、ほんと『ばからしい歌』なんだよな」フライドポテトを咥える。
「だが『すばらしい歌』だろ?」そんな五智の返しに、杉田は面食らうも、すぐに頷く。
「そういうこと」

「学祭、頑張らなきゃねー」店を出ると、夜風が涼しさを運んでくる「私も、美味しいたこ焼き作るから、食べにきてよ」
「ああ、わかった」五智が頷く。
「ピンポン玉入れられそうだから、俺はいかねー」杉田はいつものようにふざける。
「杉田くんには、質の高いピンポン玉入れとくよ。スリースターのやつ」
「なんだよそれ、知らねーよ、マニアックだな」ケケケと笑う。
全てが一度しかない瞬間の繰り返しだから、何一つとして無駄にしてはいけない。そんな気持ちを言葉の一つ一つに込めながら、彼らはたわいない会話を楽しんだ。側から見たら頭が空っぽな若者達の会話。しかし彼らは彼らなりに、必死になって日々を刻み付けようとしている。
「あ、ラインが来てる」スマートフォンを取り出した国府の目が、薄明かりを放つ液晶画面を滑る。そしておもむろにその画面を二人に向けた「加奈、学祭来れるってさ!」
二人は何も言わなかった。
しかし、言葉に出来ずとも込み上げてくるものがある事を、国府は知っている。

「いっちょ、やったるか」
駅横のコンビニの角を曲がったところで、杉田がそう呟いた。
多分その時、彼らの気持ちは一つだった。


プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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