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目次

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オリジナル小説やらちょっとしたブログを記載しています。

○小説

・現在執筆中
 ワースレスの夜明けに ←長編
  プロローグ
  第一章    

 どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~ ←大学の軽音楽部弾き語り部門を舞台にした日常系連載小説。
            
           
  21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
  31
  どんびき!登場音楽の解説と元ネタ(随時更新)

 恐怖心の文章化シリーズ ←自分が怖いシチュエーションを文章にしてみたもの。
   

・完結作品
 透明という色 ←泥棒に入った家で男はある女性と出会い次第に感化されていくが。
           

・過去作品(ブログ作成以前)
 ハロウィンの夜、電波塔の二人 ←現世に舞い戻った幽霊と彼を生き返らせようとする同僚の奮闘。

 このバス人生経由 ←人生をやり直せるバスに乗り込んだ男。もしも系ファンタジー。

 神社での七日間 ←少年の少女の神社での交流。雰囲気重視ストーリー。

 イヴの夜は永いよ ←イヴの夜に出会った老婆の正体は。ほのぼの系ファンタジー

ブログ系
最近見かけた虫達 ←昆虫関係のブログ

旅の記録 ←旅行に関する「思い出のアルバム」的ブログ

【競馬】キングヘイロー産駒応援の日々 ←レース予定、結果など

ばからしき日々 ←ネガティブなこと、バカらしいことを主に記載

すばらしき日々 ←いい事、感動したことを主に記載

読んで頂いた方、なんでもかまいませんのでコメント頂けるとうれしいです。

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ひかりの海のセイレーン②

 私ーー河内藍(かわちあい)の住むこの町には、人魚伝説がある。

 人魚をモチーフにした昔話の類は、もはや海辺の町あるあると言えるかもしれない。古今東西、人魚を題材にした昔話は星の数ほどあるだろうし、この町のそれが取り立てて有名と言うわけもない。
 かく言う私だって、中学の時の社会科学習で調べたテーマがたまたまそれだったから、ある程度の知識を持っているに過ぎない。しかも、今となってはその詳細は忘却の彼方である。

 たしか、人魚伝説とは言っておきながら、伝えられてきた話の中に「人魚」と言う表現は使われていなかったと記憶している。この町に住む男性と、海を挟んだ離島に住む女性の悲恋を語った伝説だったはず。
 毎晩、遥か離島からこの町に住む男性に会いに来ていた女性だったが、男性の裏切りに合い失意の末に海の藻屑に。それを知って自分の行いを悔やんだ男性もまた、海へと消えていった、みたいな話だったと、私の脳内手帳には掠れた文字で記されている。まぁ、よくある話っちゃよくある話だろう。

 でも、こうして彼らがが見たであろう夜の海を眺望すると、私は思うのである。

 夜の海、真っ暗すぎる。
 遥か向こうにある離島など、カケラほども見えやしない。

 もしこの伝説がある程度史実に基づいた話なのだとしたら、今よりも確実に明かりの乏しい夜の海を、女性はたった1人で毎晩横断していたこととなる。
 そんなの、人間技とは思えない。

 伝説というのは、ある程度余白を持たせることで、それを伝え聞く人々の想像力を掻き立て、さまざまな想像を惹起させるのかも知れない。

 なんと、その女性は人魚だったのです。

 そんな荒唐無稽な一文があえて付け加えられなかった事が、逆にこの物語の現実味を与えたのかも知れない。いたのかどうかもわからないその女性は、人々の想像の中で、自然に人魚と結びついていった。

 と、そんな事を思い出したのは、今自分の眼前に写った光景が、あまりにも伝説めいていたからだった。

 人魚伝説。

 中学時代に調べたきり忘れていたその話が、圧倒的なリアリティーを持って、私の脳に突き刺さった。


   ○


 コンビニ袋に入れた三ツ矢サイダーをブラブラと揺らしながら、私と文也(ふみや)は夜の海に向けて歩いていた。
 後ろを歩く文也が何か言いたげな視線を自分に向けているが、それを訪ねて妙な空気になるのも面倒だったので、私は完全無視を決め込んで海への道を歩いていた。

 小さい頃よくいった小さな水族館を越えて、海岸沿いの道を歩く。右手には真っ黒な海がうねり、決まった間隔で海水が爆ぜる音を響かせた。
 生臭い風が流れる。
 昔から嗅いでいるから、今更何の感動もないけど、隣県から海水浴に来る人たちにとっては、きっと感動的な海の匂いなのだろう。

 海岸沿いの道は、途中から畦道に変わり、その先にはガメラみたいな形をした岩山が寝転んでいる。ガメラに似ているというのは、あくまで私の感想だであって、他の人からは単なるありふれた岩としてしか認識されていないだろう。そのガメラ岩を迂回した先に、あまり人に知られていない海岸がある。
 ここは私が昔おじいちゃんに連れてきてもらった言わば秘密の場所で、海水浴客が訪れる夏のシーズンでも1人として人がいるところを見たことがない。文也にこの場所を教えた時も「うおー、こんなとこあったのかよ!」と驚愕していた。こいつもこの町で生まれ育った地元民だから、こいつも知らないってことはやはり知名度が低い穴場スポットなのだろう。

 そんな場所だから、その薄暗い海岸に横たわる岩の上で、黒い影が動くのを見た時、私や文也が『人外』のものを容易に連想してしまったのは当然の帰結だと思う。

 誰もいないにはずの海岸に、動く影。

 何かが、いる。

 先頭を歩いていた私が立ち止まったので、後ろをついていた文也が私の後頭部にぶつかる。

「なんだよ、あぶねーな、急に止まんなよ」

 悪態をつく文也を振り返り、私は親指で後ろを指さした。なにか、がいるその方向を。

 砂浜の波打ち際に、黒い影が揺れていた。

 目を凝らすと、その影の輪郭が徐々に縁取られていく。揺れ動く水面がそのまま立ち上がったみたいな、滑らかな曲線を帯びたその姿形は、髪の長い女性のようにも見えた。 
 この夕闇の中、人々の生活から隔離された海辺の一角に、一人立つ女性。
 現実と非現実の境目から溢れ出す透明な液体が、夜の闇を透過しつつ、人の姿を借りて存在している。
 恐怖は一瞬だけ湧き起こり、すぐに好奇心の泡に包まれる。
 振り返ると、文也もまた半口を開けて、目の前の不可思議な光景を見つめている。

 音楽が流れ出した。

 波の音に寄り添うように、しかし確固とした自己を主張しながら、水面に浮かぶ月のような音楽が流れ出した。

 降り注ぐ月光のように響き続けるその音楽を、最初は何かの楽器だと思った。しかしそれが歌声であると気づいた時、私の背筋に電気のようなものが走った。

 人ならざるものの奏でる、深淵の闇になびく赤いオーロラのような、妖艶で美麗な異世界の歌声。

 人魚の歌声だ。

 この町に伝わる人魚伝説、テレビやネットで触れた様々な人魚の物語、船人を惑わせる妖しげな歌声。

 関連する知識が寄り合わさって、私の中に一つの結論が導き出される。

 この人は、人魚だ。

 この町には、人魚がいる。

 何もない町。目の前には海だけが広がり、背後には山だけが並ぶ、ありふれた田舎町。ここに立てばその美しさに誰もが心を動かされるはずなのに、誰からもその魅力に気付いてもらえず、ひっそりと衰退していくこの町。
 でも、他にはない何かが、この町にはあったんだ。この町には、人魚がいたんだ。

 私の胸は、未だかつてないほど高鳴っていた。

 背後に立つ文也の事など気に求めず、人魚の歌声をもっと聞きたくて、私は岩陰から無理やり体を乗り出した。

 バランスを崩した岩が転がり、甲高い音を響かせながら岩肌を転がると、水面が大きく爆ぜた。


   ○


「すみません! ほんとにすみません! 私有地だとは知らず入り込んでしまってすみません! すぐ! すぐ出て行きますんで! もうしわけありません!」

 目の前に立つ女性は、東北っぽい訛りのあるイントネーションで謝罪の言葉を叫びながら、大袈裟に何度も何度も頭を下げた。

 ついさっきまでの幻想的な空気は、一瞬で崩れ去っていた。

「わたし今年からここの大学に入ったのでこの辺の地理のこと全然知らなくて! それで大声で歌える場所がないからって誰もいない場所に勝手に入り込んで雑音を響かせてしまったんです! 悪気はなかったんです! 出て行きますんですみませ!」

「いや、いいですよ別に、私の土地ってわけじゃないし……」

 完全に興を削がれてしまった私は、明らかに不審者を見る眼差しを、目の前の女性に向けていただろう。

 その冷たい視線に気付いているからなのか、女性はいいと言っているのに何度も何度も頭を下げる。

 まあ、当然だけど、人魚などいるはずはなかった。

 神秘のヴェールが剥ぎ取られ、人魚は単なる田舎の女子大生の本性を露わにした。

 月明かりの下、細部に目を凝らす。
 海を纏ったかのように艶やかに見えた長い髪は、伸ばしっぱなしで手入れも行き届いていない垢抜けない髪だった。長身でスタイルは良さそうだけど、何の飾り気もないロンTとジーンズだから妙に芋臭く見える。私もおしゃれに敏感な方ではないが、そんな私から見たって明らかにイケてない女性だ。
 
 いやいや、人のことを芋臭いとかイケてないとか批判するのって良くないでしょ。そんな風に私の中の善なる私が呟くが、その言葉に耳を貸す気も起きないのは、それだけ落胆が大きかったからだ。

 しかし、先程のあの歌声だけは、紛れもない事実だ。人の声とは思えないほど、心の奥底を揺さぶるさっきの歌は、訛った言葉を繰り返すこの女性の口から明らかに流れ出た物だ。

「あの、さっきの歌……」

「すみません! うるさくしてしまって!」

「いや、いいんですけど、さっきの歌って、なんか異国の歌とかですか?」

 歌詞がよく聞き取れなかったが、日本語の響きとは明らかに異なるそれは、神秘的な異国の聖歌のようなものを私に思い起こさせていた。

「あ、えっと、さっき歌っていた歌ですか?」

「はい」

「あの、『あいみょん』の『マリーゴールド』ですが……」

「あ、え?」

「?」

「そうなんですか、わかりました」

 もはや、何も言葉が見つからなかった。


   ○


 これが、私と香久池榛名(かぐいけはるな)との出会いだった。

 この頃は、年上のくせにおどおどしているこの女性に対して、妙に加虐的な感情を持っていたように思う。
 それは勝手に期待して裏切られたという身勝手な被害者意識を持っていたからかもしれないし、自分でも知らない私の本性的なものがそうさせていたのかも知れない。

 初めは、興味のない他者との、何の意味もない出会い。

 ただこの時、私の脳裏に浮かび上がった妙案が、彼女と私達との関係性を大きく変えていく事になる。 

ひかりの海のセイレーン①

 毎日がなんとなく、でも気が狂いそうなほどに満ち足りない。

 そんな俺の感情を、おじさんは「君くらいの年頃の若者が罹る、流行り病みたいなものだよ」と言って笑った。

 おじさんが言うのなら、おそらくそうなのだろう。しかしこの感情は、炎天下の帰宅路の傍で、陽炎で歪みながら佇む自販機の三ツ矢サイダーのように、あるいは我慢の限界で駆け込んだコンビニのトイレのように、意識するほどに強く、俺の思考を絡め取ってくる。

 そして俺の渇望の矛先は、今隣に座ってゲーム画面を睨みつけている、一人の同級生に向かっている。
 同級生、いや、いまだに慣れないけれど、俺にとっての『彼女』というやつである。
 おかっぱみたいな洒落っ気のない黒髪と、分厚いメガネ。身長はチビだし、身体は痩せっぽちだ。でもそのメガネを外した時の顔は、どこか西洋のお人形さんみたいに綺麗な事を俺だけが知っているし、ダブついた服の中には意外と形の整った膨らみがついていることも知っている。

 しかし、まだそこまでしか知らないのである。

 そのお預けを食らった犬みたいな状況が、この満ち足りない感情に拍車をかけているのはおそらく明白だ。でも、流石にここまでは、おじさんにも相談していない。

「あ、文也(ふみや)、そこのチェスト開けといて」

 彼女ーー藍(あい)はテレビ画面を睨みつけながら、俺の方など見向きもせずにそう宣う。

「はいはい」

 基本、俺は逆らわない。
 前に一度喧嘩になって、激昂した藍に『もう別れる』と連呼されてからは、余程現実離れした要望以外は甘んじて受け入れるようにしている。
 藍も、こんな可愛げのない性格だが常識を逸脱したサイコパス的人間ではないため、超えちゃいけないラインを超えるような要望は、今のところ言われていない。
 そういえば、その『別れる』騒動以降、部屋でこんな風に二人きりになっても、『そういう空気』になっていない。
 なんだか自分が、なんとかそういう空気に持っていこうと、機嫌を取って従順なふりをしているような気持ちになってきて、そんな浅ましく短絡的な自分に鬱になりそうだ。

「何入ってた?」

「ダイヤ3つ」

「おお、やったね! これでダイヤ装備一式が作れる!」

「俺にもなんか作ってくれよ」

「仕方ないなぁ」

 心底嬉しそうに、それでいて意地悪そうな笑顔を見せる。それがたまらなく可愛らしくて、俺は両腕で藍の顔面を抱擁したい欲求に駆られたのだが、そんなことしたらガチギレされるのは目に見えているので、その煮えたぎった鍋に蓋をするのだった。

 俺の欲求がもっぱら彼女である藍に向いているのに対して、彼女の欲求はもっぱら外の世界に向かっていた。

『この閉鎖された田舎町の横っ面に、私が風穴を開けてやるんだ』

 藍が口癖のように言っているその言葉は、彼女の眼が常にこの町の外の世界に向けられている事を現している。そして同時に、外側からこの街を見つめる目にも、強い関心を持っている。
 彼女が内心でこの町を好いているって事は、普段の様子を見てれば誰だって気付くはずだ。
 海風の匂いが流れ込む高校の窓から、遠くにそびえる山を眺める横顔は、この町に心底辟易している人の顔とは到底思えない。下校時に『ちょっと、海見て行こうよ』と俺を誘うのはいつだって彼女だし、夕日が沈む海を眺めながら自販機で買ったサイダーを飲むことに、行為以上の意味を見出そうとしている様子は、彼女がこの町で過ごす日々を大切にしようとする意識の現れだと思う。

 彼女は、この町を変えたいと、強く思っている。
 この町の良さを残したまま、この街が今以上に風通しのいい場所になることを、強く願っている。

 まだ付き合う前、初めて彼女の口癖を聞いた時『そんなにこの町がやなら、高校卒業したら県外の大学に行けばいいじゃん』と何の気無しに言った俺に対して、彼女は心底落胆した顔で『いや、そういう話じゃないんだよ』と言った。

 そういう事じゃないのは、それ以降の付き合いで十分わかってきた。そして、そんな俺が今思う感情は『それはわかったから、もう少し目名前の俺の事も見てくれよ』って感じだ。

 藍にも色々な思いや願いがあるのだろうが、まだまだ何の力もない高校生の俺たちには、何か始めるだけの力はない。
 だから今も、狭い町の中で更に狭い僕の家の、その中でも殊更狭い僕の部屋の中央に腰掛け、小さなテレビにかじりついて、仮想世界での冒険を繰り広げている。

 お互いに、満たされない日々なのだろう。

 ゲームに飽きた藍は、ベッドに寝転んでスマホでYouTubeを見始めた。さっきまでやってたゲームのプレイ動画を再生すると、やけにテンションの高いYouTuberの声が、狭い部屋の中に響いた。

「ねえ、知ってる?」

「はい?」

 メガネを外し、布団に横になった藍の肢体に劣情を抱き、それを吹き消そうと殊更ぶっきらぼうに答える。

「このYouTuberさん、隣町出身だって知ってた?」

「え、マジで? 超有名な人じゃん」

「すごいよねー、こんな日本の隅っこで私達みたいに育ったのに、今では日本屈指の有名人だもん」

「才能があるんだよ」

「私には、ないからなぁ」

「だね」

「文也にもないよ」

「言うな、知ってるから」

 藍がクスリと笑う。
 普段よりも、どこか力の抜けた笑顔だった。常に気を張っている藍の頬から、緊張の緩みが見て取れる。
 これは、今日はいいよ、のサインだろうか。思い違いであることは、十分承知している。しかし彼女の一挙手一投足が肯定か拒否かのサインのように考えてしまう、そんな癖がついてしまっているようだった。

 俺は、多分彼女に受け入れられたいのだ。
 
 彼女の目が俺以外に向けられるほど、俺の彼女に対する欲求が高まっていく。

 付き合って初めてわかった。恋人同士と言うのは、こんなにも精神が不安定になるものなのだ。

「ちょっと、海行かない?」

 カーテンの隙間からこぼれ落ちる夕日を眺めることに飽きたのか、唐突に藍が言った。

「え、もう暗くなるじゃん」

「いや、むしろ。夜の海を眺めたい」

「えー、めんどい」

「行こうよ」

「えー」

「ほら」

 藍の手が、俺の手を握った。行きたくない感情とは裏腹に、俺の手を握る藍の手が暖かくて、だから俺は、その手を無下に振り解く事は出来なかった。


   ○


 あの時、あの手を振り解いていたら、おそらく俺達の未来は大きく変わっていただろう。

 それがいい変化なのか、悪い変化なのか、俺にはいまだにわからない。

 ただ、人生の選択なんて、後の影響を推し量ることなど出来るわけがない。所詮、その時の快楽に身を任せるしかないのだ。

 だから俺は、久しぶりに触れた藍の手の温かさをもっと感じていたい、ただそれだけの理由で、その手を繋いだまま、あの海へと向かったのだった。



キャンプ小説「火を見て、日々を観る」45(最終話)

 あれから2回の冬が過ぎ、3回目の夏を迎えた。

 この町の冬は日陰のアスファルトの窪みに張った厚い氷のように、いつまでも地表にしがみついている。その反面、夏はカメラのフラッシュのように白く短く輝き、一瞬だけを切り取って去っていく。

 そんな片田舎の短い夏を謳歌するべく、僕はいつも通りキャンプの準備を始めた。

 去年の夏に買った一人用のワンポールテントがここ最近の主戦力になっていたが、今回は久しぶりに、キャンプを始めた頃に買った大きめのテントとタープを押し入れから引っ張り出した。
 天日干しをしっかりやってから片付けた甲斐もあり、カビが生えていなくてほっと一安心。前回使った時に入り込んだ芝生が、茶色く変色して収納袋からパラパラと落ちる。

 狭いアパートのワンルームに明日使う道具を並べ、消耗品の残量をチェックする。ランタン用のOD缶が心許なかったので、新品を一つ収納ボックスに入れた。当初に買って今も現役で使用している電池式のLEDランタンも、単一電池を交換しておく。

 一通りの準備が整うと、明日行くキャンプ場の立地を再確認するために、YouTubeでキャンプ場を検索した。テントを設営する時のためにイメージを固めてくという目的もあるけれど、単に他の人のキャンプ動画を見て気分を盛り上げたいというのもある

 
 ふと思い立って、登録チャンネル画面を操作する。画面が変わり「ふうこのキャンプ動画」のページが表示された。
 女子大生となった彼女だったがキャンプ熱は未だ健在だ。むしろバイト時間が増えて資金が潤沢らしく、より白熱化しているようにも感じる。どうやら先週もソロキャンプに行ってきたようで、編集された動画がアップされていた。
 動画を視聴したあと、あまり多くないコメント欄を眺めて、何か書き込もうかと思案し、結局はブラウザを閉じてLINEを送る。

『今回のキャンプ、新しいランタン買ったんだ? いいね、あれ』

 スマホをクッションに放り投げて準備を再開していると、LINEの着信音が鳴った。

『適度な照度で雰囲気がすごく良かったですよ! ジャブローさんにもオススメです!』

 動画テンションとは明らかに異なる彼女の様子に僕は苦笑する。
 コミュニケーションが苦手と言っていた彼女らしく、その動画は終始無言というか、ただ黙々とキャンプをする様子が配信されている。たまにキャンプ場の紹介文言とか、新しいキャンプ道具の説明などを織り込んで入るのだが、相変わらず『あの、その、あの』と言葉を探している時間の方が明らかに多い。しかしその素朴な感じがむしろ可愛らしいと、妙に熱量のある固定ファンがいるのも事実である。
 かくゆう自分も、その一人であり、いつもほのぼのさせてもらっているわけだ。

『是非検討します。明日は久しぶりにキャンプなので、楽しんでくるよ。いい写真が撮れたら送るね』

『了解です』

 文末にベッドのマークが付いている。もう寝る、という意味だろう。
 さて、僕もそろそろ寝ようか。
 楽しみ過ぎて目が凛々に冴えているこの状態で、ちゃんと眠る事が出来れば、だけど。


   △


 新幹線の発着駅は、田んぼと背の低い建物が並んだ町外れに、北極の海に聳え立つ氷山みたいな様相で佇んでいる。
 初めてこの地に脚を踏み入れた時、この駅の放つ存在の異様さに首を傾げたものだったが、いまではそんな感覚も薄れ、氷が水となって海水と混じり合うみたいに、日常的な町の風景の中に溶け込んでしまっている。

 新幹線が到着し、僕は開くドアを凝視した。

 毎回、この瞬間は胸が高鳴る。
 いつも頭の片隅に存在しているその顔や姿が、この世界に具現化されるような不思議な感覚がするのだ。でも実際には、記憶の中にいる数ヶ月前の姿から微妙なアップデートが施されていて、その違いもまた新鮮な感動を呼び起こす。

「あ」

 人混みの中にその姿を見つけて、僕は手を振る。
 それに気付いた彼女は、困ったような、でも嬉しそうな笑顔を見せながら、気持ち早足で僕に歩み寄る。

「穂乃果(ほのか)、久しぶり」

「久しぶりって言っても、数ヶ月前にあったばかりじゃん」

 気のない返事は照れの裏返しだと僕にはわかる。

 関係性は出っ張りと窪みがあるからうまく重なり合う。特に遠距離恋愛になってから、なんとなくそんな感覚が強くなっているように感じた。お互いに『会いたい会いたい』と出っ張っていたら、結局ぶつかり合って壊れてしまう。僕が出る時は穂乃果が窪み、時にはその逆も然り。

「いやー、毎回思うけど、やっぱり遠いね」

 助手席の穂乃果がペットボトルのジャスミンティーを傾けてから、ため息みたいに言う。

「まぁ、この移動もあと半年の辛抱だし」

 助手席に彼女がいる景色を横目で見ながら、僕は応える。半年後には、この尊い景色も、再び日常へと戻っていくのだろう。

「そういえば、ふうこちゃんの動画更新されてたね」

「ああ、良さそうなキャンプ場だった。そっち戻ったらさ、行ってみようよ」

「了解。てか、来月私一人で行ってくるかも。いい?」

「いいよ。それじゃ、偵察頼む」

「オッケー」

「それとさ、新しく買ったランタン、勧められたよ。買っていい?」

「うん。あ、いや、あれ私も気になってたやつだから、私が買っちゃっていい?」

「いいよ。どうせ共有財産になるんだし」

「さらっと言うね。まあ、そうなんだけど」

「否定されたら、動揺して事故るわ」

「やめなさい。ぶつかるなら運転席から行って」

「ひでー」

 車はキャンプ場への道を辿る。
 開け放った車窓から流れ込む空気は、潮の匂いに加えて、すでに秋の匂も含まれているような気がした。
 
 海沿いの草原。
 気持ちの良い風が通り抜ける海浜キャンプ場。
 
 手慣れた設営は10数分で終わり、タープの下に椅子を並べて海の方を眺めた。敷地を区切る柵の向こう側で、太平洋が小刻みに波打っている。穂乃果が立ち上がり、コーヒーを入れ始める。
 その手捌きを僕はいつも眺めているはずなのに、なぜか今だにその味には辿り着けていない。それは何故なのか穂乃果に尋ねると「簡単に再現されたんじゃ、私とのキャンプの楽しみがなくなるでしょ」と、答えなのか何なのかよくわからない返事をした。

「私らのポテンシャルは、二人合わせて初めて最高値に達するのだよ、新三郎くん」

「そう言い換えると、なんかいい事のような気がしてきた」

「いいことだよ。お互いが不完全で、未熟で、凸凹してるからこそ、二人でのキャンプが楽しいんだもん」
 
 なんだかいつもより語りが達者な穂乃果。それに気付いたのか、カップに滴るコーヒーの滴を眺めて、照れ笑いを浮かべた。

「そっすね」

 何だかこっちも恥ずかしくなってきて、目を逸らして素っ気ない返事をする僕。

 そしてコーヒーを飲みながら、お互いの時間に没頭する。プラモを作る僕と、漫画を読む穂乃果。
 日は傾き始め、斜め後ろからタープを照らしている。むず痒さを感じて地面に根を張ったサンダル履きの足を見下ろすと、小さな蟻が親指のあたりを這い回っていた。
 
「今回は何作ってんの?」

 穂乃果が問う。いつものようにパーツの接着部分にヤスリをかける僕。

「あ、これはZガンダム。ウェブライダー……飛行機に変形するやつ」

「トランスフォーマーみたいな?」

「ていうか、マクロスみたいな」

「マクロス、わかんない」

「ロボット系にはあまり興味ないよな」

「レイアースは好きだよ」

「あれはロボット、なのか? ていうか、穂乃果は何読んでんの」

「ファイアパンチ」

「あー、そっちなんだ」

「うん、そっち」

 飲みかけのコーヒーが、夏の熱気と折り合いをつけて、生温い温度を保ちながらカップの底で眠っている。それを強引に目覚めさせるように、凪いだ水面を揺らしながら、喉へと流し込んだ。
 蝉が鳴いている。
 いつも聞こえているはずの声なのに、何処か懐かしい。
 
 ミンミンゼミはやがてひぐらしに変わる。

 背後の海へと、日が沈んでいく。
 
「そろそろ、やるか」

 僕は立ち上がる。

「そうだね」

 机に頬杖をついた穂乃果は、タープの向こうに消えていく、大きな大きな赤い焚き火を眺めている。

 そして僕は、消えていく火の跡を引き継ぐように、小さな焚き火を灯した。

キャンプ小説「火を見て、日々を観る」44

 クリスマスキャンプの余韻をわずかに残しながらも、年の瀬は台風のような慌ただしさを纏って、僕の感傷を否応なしに吹き飛ばしていった。

 業務の引き継ぎもなんとか完了し、送別会を兼ねた忘年会の席で当たり障りないお礼と抱負を述べて、ほろ酔い気分でアパートに戻る。明日引き渡し予定の部屋にはもはやストーブと敷布団しか置かれていない。家具一式は、先日の休みに異動先のアパートへと送り届けていた。
 本棚を動かして初めて発見した壁のシミに、なんとも言えない感慨深さを覚える。10年近く住んでいたアパートなのに、去り際になって新たな発見。僕はこの部屋の全てを知ったつもりになっていたけど、それは単なる思い上がりだったのかもしれない。明日にはこの場所を離れなければならないという寂しさが、擦り傷から染み出す血のように、薄らと滲んでくる。

 テレビもパソコンもないため、スマホの画面を見ながら過ごす。キャンプ場検索サイトで異動先の県にあるキャンプ場を入力すると、今いるところの半分くらいの数がヒットした。おそらくこのサイトに登録していないキャンプ場も沢山あるはずだ。
 向こうでの数年間で、それら全てのキャンプ場を制覇しよう。そしてその中で一番良かったキャンプ場に穂乃果(ほのか)を招待してやろう。ちょっとした目標だとしても、それを達成した時の穂乃果の顔を想像すると、別れの寂しさも少しだけ和らぐような気がした。


   △


 住処を失ってしまい、必然的に年末は実家に帰って過ごす事になる。

 学生時代は長期連休ともなると毎回実家に帰っていたけど、社会人になってからはその回数もめっきり減ってしまった。車で数十分で行ける距離という安心感が、かえって足を遠ざけさせたのだろう。
 
 結局、物理的な距離なんてのは単なる数字であって、精神的な距離感には全く影響しないのかもしれない。少なくとも、今の僕はそう思う。
 
 会おうとしなければ、どんなに近くても会えないし、会おうと思えば、どんなに遠くたって会える。そんなもんなのだろう。

「大学卒業してこっちに帰って来たと思ったら、仕事仕事で全然家に寄り付かないし、そろそろ結婚して根を張るのかと思っていたら、今度は遠くにて転勤なんて。仕事だから仕方ないのはわかるけど、せめて正月くらいは、うちでのんびりしていってよね」

 そう言って溜息を吐くおふくろに対して、今まで好き勝手に生きてきた事へのバツの悪さを感じる。過大な干渉を求めているような両親でないことは分かっているが、とは言え仕事を理由に蔑ろにしていた実感もある。ちゃんと親孝行していかなきゃな、としみじみ思う。

 おふくろから愚痴られた事こともあり、大晦日は実家の大掃除や年末の買い出しの手伝いをして過ごす。
 今までは地元のスーパーへ買い物に行くと、旧友や、学生時代のクラスメイトと鉢合わせするんじゃないかという、期待とも不安ともつかない、なんとも妙な気持ちになっていたものだ。
 でも今回の帰省では、不思議とそういう不安定な気持ちは沸き起こらない。
 それは自分が、「ひきこもり」と呼ばれる状態から脱することが出来たからなのだろうか。自分を取り巻く環境の中心に1本の軸が通るだけで、世界の見え方は大きく変わってくる。
 その軸はキャンプであって、穂乃果なのだろう。

「夕食、作るよ」

 僕がそう言うと、おふくろは不安そうな顔をしたが、キャンプ作った料理の数々を若干自慢げに伝えると、そう言うことならとコタツに戻っていった。
 
 キッチンで野菜を切る僕の隣に、なんとも切なそうな顔をした親父が現れ、350mlエビスビールを置いた。一人で飲んでいるのが寂しくなったのだろう。

「まあ、飲みながら作ってもいいんじゃないか。大晦日なんだし」

「あ、さんきゅ」

 僕は缶を開けて一口飲む。
 親父は棚を開ける時用の2尺脚立を立てて、その天板に座った。

「まあ、あれだ」

「ん、なに?」

「仕事、頑張れよ」

「うん」

「昇進するんだろ? おめでとう。立場が変わると、上手くいかない事も色々あると思うが、何でも継続すればければ自然と道が開けるものさ」

「まあ、ね」

「たまには、酒を飲みに帰ってこい」

「うん、了解」

 ビールのコップで口元を隠しながら、親父は目だけで笑ったような気がした。


   △


 紅白が始まると、なんとなくそれを眺めながら、最近の流行歌や往年の名曲について両親とポツポツ会話を交わした。
 ここ最近流行っているアイドルグループの曲なんかは、僕よりも親父やおふくろの方が詳しかったりして、自分の情報収集範囲の狭さに、なんだか老いのようなものを感じたり、感じなかったり。
 一見、自分興味がないような分野においても、目を凝らしてみると輝く欠片がが見つかる事もある。今年一年は、まさにそんな一年だったと思う。
 その流行のアイドルの曲は、サビをCMで聞いた事があるという程度の知識だったが、一曲通して聴いてみると意外と心に響く曲調だった。

 穂乃果にはLINEを送っているが、返事がないところを見ると、実家に集まった親戚の晩酌に付き合っているのかも知れない。

 23時を過ぎたところで、僕は立ち上がりコートを羽織った。

「あれ、こんな時間にどこいくの?」

「いや、ちょっとだけ、友達と会う約束をしてて」

「あ、そう。お酒飲んでるでしょ、送ってく?」
 
「いい、そこのコンビニで会う予定だから、歩いてくよ」

 肩までこたつに入り込んだおふくろと、寝そべって寝息を立てている親父。この温かく、何処か懐かしい匂いのする空間に名残惜しさもあったが、僕は思い切って部屋を出た。

 コンビニで友人と会う、という理由は、両親に邪推されないための方便だった。

 玄関のドアを開けると、冷たい冬の空気がコートの隙間から流れ込む。


   △


 あの頃よりも、全てが小さく感じれた。

 サビが浮いて黄色いペンキが禿げかけているブランコや、枯れた蔦が巻き付いたフェンスから、古ぼけた神社に視線が移る。
 ポケットに手を突っ込んで見回す境内は、蓄積された時間の圧力によって押し固められたようで、記憶の中にあるそれよりも小さく、固く、縮こまっていた。
 こんなこじんまりとした場所で、小さいとは言え焚き火をするなんて、今考えると笑えないレベルの火遊びだったな、と少し反省する。
 しかし、あの頃の僕らは、こんな日のこんな時間に、こんな場所に二人で座っていると言うだけで、日常から抜け出せたような気持ちになっていたんだろう。

 一人だったら、そこから抜け出す勇気は出なかった。

 二人だったからこそ、顔を見合わせながら、ほんの少しだけ足を踏み出すことが出来た。

 あの頃感じていた閉塞感、目の前に聳え立つ壁は、並べられたドミノのように際限なく連なっているものだと知った。それを倒さず、慎重に飛び越えていく日々が、これからも続いていくと思う。
 今も目の前に、道の壁が立ち塞がっている。
 助走をつけて、その壁にいざ走り出そうとする時、同じように隣に並ぶ誰かの存在を、僕はずっと求め続けていたのだろう。

「あ、慎三郎?」

 声がした。
 でも、驚きはなかった。
 示し合わせていたわけじゃない。
 ただ今の僕たちの原点がここにあるなら、彼女もまたここに来るんじゃないかという、確信めいたものがあった。

「寒いな」

「そうだね」

「なんか、懐かしいな」

「中学に入ってからは来たことなかったし、15年ぶりくらい?」

「うん」

「親戚が集まってたから、LINE返せなかったね」

「大晦日だしな」

「本当は駅前の神社に初詣行こうと思ってたんだけど、何となくここが気になっちゃって」

「僕も、まあ、そんな感じ」

「うー、すごく寒い。あの頃の私らは、よくこんなところで年明けを待ったもんだよ」

「また、ポケットからライターを取り出す?」

「まさか」

「あの火、小さかったけど、あったかかったな」

「火はいつだってあったかいよ」

「まあ、そりゃ」

「二人であたる火は、いつだってあったかい」

「だな」

 穂乃果のスマホのアラームが鳴る。

「年が、明けたね」

「うん、明けた」

「あけましておめでとうございます」

「これからも、よろしくおねがいします」

 暗くて表情は見えなかった。ただ彼女がどんな表情で、仕草で、どんな感情で、言葉を紡いでいるか、僕にはわかる。

 あの火は、いつまでも燃え続ける。


プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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