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目次

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オリジナル小説やらちょっとしたブログを記載しています。

○小説

・現在執筆中
 ワースレスの夜明けに ←長編
  プロローグ
  第一章    

 どんびき!~曇天大学軽音楽部弾き語り部門~ ←大学の軽音楽部弾き語り部門を舞台にした日常系連載小説。
            
           
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  31
  どんびき!登場音楽の解説と元ネタ(随時更新)

 恐怖心の文章化シリーズ ←自分が怖いシチュエーションを文章にしてみたもの。
   

・完結作品
 透明という色 ←泥棒に入った家で男はある女性と出会い次第に感化されていくが。
           

・過去作品(ブログ作成以前)
 ハロウィンの夜、電波塔の二人 ←現世に舞い戻った幽霊と彼を生き返らせようとする同僚の奮闘。

 このバス人生経由 ←人生をやり直せるバスに乗り込んだ男。もしも系ファンタジー。

 神社での七日間 ←少年の少女の神社での交流。雰囲気重視ストーリー。

 イヴの夜は永いよ ←イヴの夜に出会った老婆の正体は。ほのぼの系ファンタジー

ブログ系
最近見かけた虫達 ←昆虫関係のブログ

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【競馬】キングヘイロー産駒応援の日々 ←レース予定、結果など

ばからしき日々 ←ネガティブなこと、バカらしいことを主に記載

すばらしき日々 ←いい事、感動したことを主に記載

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キャンプ小説「火を見て、日々を観る」13

 炭を敷いたバーベキューコンロに網を敷く。
 
 ここまでは普段の焼肉とあまり変わらない。

 次にホームセンターで買ってきたレンガをコの字型に並べ、その上にもう一枚網を乗せる。
 上に乗せた網の上から、さらに厚手のアルミホイルを敷き、その上に熱した炭を並べる。
 
 色々試行錯誤した結果、本日のお手製簡易ピザ窯はこの形に落ち着いた。

 上下の炭から発せられる熱によって、ピザがこんがり焼き上がるはずである。

 僕がピザ窯のセッティングを終えた頃、穂乃果(ほのか)もピザ生地に具材を並べ終えていた。
 
 ピザソースとチーズのシンプルなピザ。
 カットしたカマンベールを並べた贅沢なピザ。
 焼き鳥缶詰とマヨネーズを乗せ大葉を散らした変わり種のピザ。

 その内の1枚をピザ窯に入れ、まずはピザ生地とチーズが焼ける香りを楽しむ。
 これだけで美味い酒が飲めそうだが、まだ我慢。

 ピザは数分で焼き上がった。
 中々の火力である。

 持参したピザカッターで8枚にきりわけ、次のピザを窯に投入し、缶ビールのプルタブを開けた。
 
「かんぱーい!」

 ビールを一口流し込む。一口で止めるはずが、止まらない。喉が苦味と炭酸を要求し、気がつけば缶の中身は半分ほどまで消えていた。
 ピザを一切れ口に含み、噛みちぎる。
 とろけたチーズの濃厚な風味と、パリパリのピザ生地。この洗練された味は、洒落たイタリアンレストランのちょび髭オーナーシェフが作る、シェフの気まぐれ名物ピザの味にさえ匹敵するであろう。

「なかなかだな」と僕が言う。

「うん、なかなか」と穂乃果。

「うん」

「うん」

 僕は今、このピザの感想を口に出すよりも、ピザを味わい飲み込むことにこの口を使いたい。
 なぜ人間には口が1つしかないのだろうか。
 僕は初めて、人間の構造的な欠陥を発見し、その不完全さに落胆したのだった。

 日は傾いているが、完全な夜にはあと一歩及ばない。

 早めに灯したガスランタンの灯りが、雲の切れ間から射しこむ弱々しい夕日に溶ける。

 この中途半端な時間は、あとほんの数分で夜に傾き、瞬く間に夜の帳が降りてくるだろう。

 僕達は、まだ少しだけ輪郭がうかがえる遠くの山のシルエットを、背もたれにもたれかかった状態でぼんやりと見ていた。

『仕事していれば、失敗することもあるさ』穂乃果にかけようとしている、慰めの言葉を心の中で反芻する『辛いことがあったら、僕に相談してくれよ』

 こんな月並みな言葉をかけたところで、穂乃果の気が休まるかは分からない。
 でも、何も言わないで見過ごせるほど、僕は隣に座る幼馴染に対して無関心ではない。

 夜へ向かって、山並みを駆け降りていく夕日。

 徐々に視界は縮小し、気付けばランタンの灯りのみが、半径数メートルの小さな世界を照らしていた。

 ホタルだー!

 小川の方から、子供の声が聞こえた。
 僕と穂乃果は顔を見合わせる。

「行ってみようか?」

「そうしよう」

 椅子から立ち上がると、声のする方へと向かう。

 ホタルを見るのはいつ以来だろうか。
 田舎町で育った僕にとって、ホタルは田んぼの側の用水路周りを飛び交っている、そんなごくありふれた虫だったような気がする。あのホタルはいつからいなくなったのだろう。
 ホタルが消えたのが先か、僕がホタルに興味をなくしたのが先か。
 
 こうして再び自然の中に立ち戻って見て、あの頃見ていた世界がいかに綺麗だったのか再認識する。

 畦道に咲く菜の花。

 青空に浮かぶ入道雲。

 校庭の隅でひっそりと色づく紅葉。

 居間の窓から見た一面の雪景色。

 そして、夜の神社の軒下で燃える、小さな焚き火ーー

 このキャンプ場で、小川の周りを飛び交うホタルを見て、僕と穂乃果はあの頃の2人に戻っていた。

「すげー」

 それ以外の言葉が出なかった。
 
 ホタルの光が、黒く染まった空気を斬る。複数の傷跡が作られては、すぐに消えていく。
  
 焚き火から舞い上がる火の粉のようだ。

 今なら、何でも言えるような気がした。
 大人なら身に纏わなければならない、いくつものしがらみを脱ぎ捨て、あの頃の、あの火を見ていた頃の僕らのように。
  
「何か、あったんだろ?」

「え?」

「最近、元気ないじゃん」

「そうかな」
  
「ため息ばっかりついてる」

「ごめん」

「謝んなくていいよ。なんて言うか、力になりたいんだよ」

「慎三郎‥‥」

「何があったか、教えてくれないか? 僕だって、相談くらいはのれると思う」

「そっか、気遣ってくれてたんだ。ありがと‥‥」

 穂乃果の目はホタルを見続けている。
 少しの間、無言が生まれる。子供たちのはしゃぐ声が、遠くに聞こえる。風が吹いて、ホタルが揺れる。

「あのさ」

 穂乃果はやっと言葉を見つけたようだった。

 しかし、その言葉は、僕の予想していたものと大きくかけ離れていた。

「この前‥‥、元カレにさ、なんていうか、プロポーズされまして」

 は?

 え、今、何て?

「いや、大学時代に付き合ってた相手なんだけど、結婚を前提に、より戻さないかって、言われて‥‥」

 僕は、何を言えば良かったのだろうか。

 あまりにも想定外のその言葉に、僕は返す言葉をなくしていた。

 頬に水滴が当たる。

 水滴はどんどん勢いを増し、頬を、肩を、頭を重く濡らしていく。

「慎三郎! 雨! 雨がめちゃくちゃ降ってきた! 早くテントに戻ろう!」

 穂乃果に促され、僕は駆け出した。

 雨が降ってくれて良かったと、僕は心底思った。

 言葉が思い付かず、ただこの場から逃げ出したかった僕に、雨は格好の逃げ口上を与えてくれたのだから。

 ホタルはいつの間にか、いなくなっていた。


 

キャンプ小説「火を見て、日々を観る12」

灰色の雲が散らかった空模様。

 山道を抜けると、田舎街の褐色の屋根が連なっている。割れたくす玉から無数にこぼれ落ちる色紙のように、雲の切れ間から射しこむ光がキラキラと輝き、褐色の屋根を照らしていた。

 最近、ラーメンの好みが変わってきたな。
 キャンプ地へ向かう道中、食べログで高評価を得ている有名ラーメン店に立ち寄った僕と穂乃果ほのか。透き通る醤油ラーメンのスープをレンゲで掬いながら、昔は濁って重たい濃厚味噌ラーメンの方が好きだったよな、なんて事を呟いた。

「そりゃ、30過ぎればそうなるよ」

 穂乃果が言う。
 彼女もまたその意見には同意らしい。昔はカレーヌードルが至高だと思っていたけど、今はシーフードが究極だ、との事。

「ポテトチップも、ピザポテトより薄塩だな」と僕。

「いや、そもそもポテトチップ自体がそんなに食べられなくなってきたかも」と穂乃果。

「そういや最近のポテチって袋小さくなったよな」

「食べ切りサイズって言われて、20代の頃は『いやいや少ないだろ』って思ってたけど、今ならわかる。てゆうか、女子的にあのぐらいの量で抑えとかないとダメなんだろうね」

「お前とポテチ食べると、いつも半分以上食い尽くされるイメージ」

「そんな事ないし。てゆうかこんな美味しいラーメン食べながらポテチの話するって、なんだか失礼でしょ」

「だな。味わおう」

 この地域のご当地ラーメンには豚バラチャーシューが惜しげもなく乗っているが、あっさり目のスープと合わさると、意外と飽きが来ない絶妙なバランスだ。麺は太麺で小麦の香りが強く、食べ応えもある。

 空腹が満たされ、お互い大満足で店を出る。

 食事の間に、空は若干ご機嫌を取り戻したかに見えた。灰色の雲が占める面積は、先程より縮小しているようだった。
 だけど、山の天気は気分屋だ。
 今回のキャンプ、どんな天候に見舞われるか予想がつかない。

 助手席の穂乃果は、いつもと変わらぬ様子だ。
 しかし時折、何かを考え込むように、不自然な沈黙が訪れる時がある。そんな時穂乃果がどんな表情をしているのか、運転席の僕からは分からない。

 車をキャンプ場管理棟横の駐車スペースに停める。

 このキャンプ場は大きな川の河川敷に作られていて、川から枝分かれした小川が、キャンプ場のすぐ側を横切っている。おそらくこの小川が、今回のキャンプの目玉である『ホタル』の生息域になっているのだろう。
 視界は広く、遠くに連なる山並みが一望できる。この前行ったような林間キャンプ場は視界全体が緑に覆われ、それはそれで優しい色に抱かれているような安らぎを覚えるのだが、こういう開けたキャンプ場も、不思議な開放感がある。キャンプという日常からの解脱感とも相まって、自分の内面が解き放たれるような気分だった。

 ここなら、どんなに硬く閉ざされた心の蕾も、きっと開花してくれるだろう。

 この前から感じていた違和感。
 穂乃果はきっと、仕事で大きなミスをして、心に重石を抱え疲弊している。
 その重石を括りるける縄をゆっくりと解き、彼女の負担を和らげてあげる事が、今回のキャンプの真の目的だった。

 新緑に満ちた山々のパノラマ。

 川のせせらぎの音。

 澄んだ美味しい空気。

 そして、夜を舞うホタルの光。

 これらがきっと、いや確実に、穂乃果の心の傷を癒してくれるに違いない。

 指定されたサイト横に車を横付けし、設営を始める。2回目の設営は、1回目と比べて順調に進んだ。今回の動画サイトでの設営予習は完璧だったし、お互いの息もぴったりだったと思う。

 雨が降り始めた場合も考慮して、タープは余分に買ってきたペグを使い、クロス打ちでペグダウンした。タープに当たった雨は、ロープを伝ってペグの刺さった地面に染み込んでいく。必然的にペグの刺さっていた地面はぬかるみ、ペグが抜け易くなるのだ。その対策としてペグをクロス打ちし強度を高めると共に、ロープの自在金具部分からロープを枝分かれさせ、雨水の流れるルートを確保しておいた。こうする事で雨水は確保したルートのロープを伝って、別の地面に流れ込むようになる。ペグ位置のぬかるみ防止対策だ。
 まぁ、どれも川上くんに教わった方法なのだが。

 設営が終わると、いつものコーヒータイム。

 のんびりコーヒーを飲みながら、今晩の夕食の事を話し合う。

 今日はピザを焼くことに決めていた。
 その為に様々な食材と、焼くだけ簡単のピザ生地を大量に購入しといた。色々組み合わせを楽しみながら、思い思いにピザを焼いていく予定。

「なんか、キャンプっておままごとみたいで楽しいんだよね」と穂乃果はいう「大人の、おままごと」

「なるほど」と僕は頷く。

「そういや、慎三郎しんざぶろうとも、昔ままごとしてたよね」

「だっけ?」

「うん、私がママで、慎三郎が子供」

「なんだよそれ。普通俺がパパで、ぬいぐるみを子供に見立てたりするもんじゃん」

「慎三郎がパパね‥‥、なんかそんな感じじゃないよね」

「はぁ?」反論しようとして、この話題の難しさにさに気付き、口ごもる。ここで自分がいかにパパに適しているかを力説したら、それはもはやプロポーズに等しいのではないか?

 言葉が見つからずまごついている僕の気持ちを知ってかしらずか、穂乃果は無言のまま僕を見て、溜め息を吐いた。

 小川で遊子供の笑い声。

 風でよそぐ、ススキの音。

 この穂乃果の溜め息が何を意味しているのか、この時の僕は何も知らない。

キャンプ小説「火を見て、日々を見る」11

「おおー! いいじゃないですか!」

 僕のスマホに保存された写真データを見ながら、川上君は歓喜の声を上げた。

「初めてでここまでキレイにタープを張れるなんてすごいですよ! 桑野さん、予習もばっちりでしたね。さすがです!」

「いやぁ、それほどでも。何回も貼り直したし」

「いやいや、ここの角度、タープの端とロープの角度が秀逸です! シワひとつなく、完璧ですよ!」

「そ、そうかな」

 謙遜はするが、満更ではない。このタープは我ながら教科書通りにキレイに張れたと考えている。設営直後はテンションが上がりすぎて、スマホで様々な角度から写真を撮ったのだった。その撮影枚数の多さから、川上君も僕の内心を感じ取って発してくれた言葉なのかもしれない。

「川上、ちょっと褒めすぎ。タープは私もやったから」

 僕ばかりが褒められて機嫌が悪いのか、そっぽを向いて焼き菓子を齧りながら穂乃果が言う。

「先輩もすごいですよ」

「うるさい、生意気な」

 どすりゃいいんだよ、と僕は思う。

『え! 早速キャンプ行ってきたんですか!? どうでした!? 聞かせてくださいよ先輩! 桑野さん!!』という僕のキャンプ師匠かつ穂乃果(ほのか)の後輩である川上君の誘いがあり、僕達は川上夫妻の宅にお邪魔していた。

 手土産に持ってきた洋菓子店の焼き菓子詰め合わせは、穂乃果によって既に半分食べ尽くされている。

 川上夫妻のお宅は立派な一軒家の賃貸だった。穂乃果はそこそこ大手の企業に勤めており、給料も潤沢だと言っていたから(その分忙しいらしいが)、後輩の川上君も同様であろう。まったく羨ましい限りだ。
 ただ異動がある仕事なので、家を買って根を張る、というわけにはいかないようだった。
 
「夕食は何作ったんですか? あ、カレーじゃないですか! テッパンですね!」

 他人のキャンプ写真みて大はしゃぎする川上君。彼は本当にキャンプが好きなんだろうなぁ、と僕は思う。その隣で川上奥さんもニコニコ笑っている。この人はこの前のキャンプの時も常にニコニコしていた。
 どっかの、不機嫌面で焼き菓子を食い尽くさんとする奴とは大違いである。

「先輩、なんか不機嫌じゃないですか? この前の、柳井課長の一件ぐらいから」

 柳井課長? 仕事の話だろうか。

「関係ないし。でも、なんか男って自分勝手だよな、って思ってさ」

「先輩、男って、主語が大きくないですか」

「ん、そうだね。慎三郎(しんざぶろう)や川上には関係ない話だね。ごめん、忘れて」

 穂乃果は、仕事でトラブルでもあったのだろうか。何か力になってあげたい気もするが、守秘義務的に相談できない案件なのかもしれない。見守る事しか出来ないのかもな、もどかしいけど。

「写真ありがとうございました! で、次のキャンプはどこに行くんですか?」

「あ、えっと、ここにしようと思って」

 僕は先日の夜、ネットの海を漂いながら吟味に吟味を重ねた結論を披露する。

「あ、ここですか! いいですねー! この時期だと、運が良ければホタルが見れるかもしれない!」

 さすが川上君だ。この時期と、キャンプ場の立地から、僕の思惑を瞬時に見抜いている。
 この川辺のキャンプ場は、初夏にホタルが飛翔すると、あるキャンパーのブログに書いてあった。自然とは常に移り変わり、一度として同じ時がない! 儚く美しい蛍の輝きは、その自然の本質を体現しているのだ! みたいな事がブログで力説されていて、添付された写真に僕は目を奪われた。

 黄色い光が宵闇に線を描きている。
 夜を切り裂く爪痕のようだ。

「問題は天気ですねー。梅雨期だから、晴れればいいんですけど‥‥」

 川上君はスマホを操作する。

「降水確率は50%‥‥後は天に任せるほかないですね。この際なんで、雨天時キャンプの対策をお伝えしときましね。雨の日は土壌がぬかるんでペグが抜け易いので、ペグを余分に持っていって、こんな風にペグ同士を交差させるように2本目をペグダウンしてーー」


   △

 帰りの車の中でも、穂乃果はどこか上の空だった。面白味など全くない、見慣れた街並みをぼんやりと眺めている。

 穂乃果の様子がどこかおかしいのも、実は少し前から気づいていた。そしてそれは、先程の川上君の発言で確信に変わった。

 おそらく穂乃果は仕事でミスをして、取引先の課長からクレームを受けたのだろう。
 仕事に関しては妥協を許さない穂乃果のことだ。そのミスの程度が如何程であれ、安易に切り替えていけるものではないのだろう。
 失敗は誰だってある。
 重要なのは、そこからどのように立ち上がるかと、立ち上がる時に手を差し伸べられる誰かがいるか、だと思う。

 次のキャンプ、ホタルを見たいと切に願う。

 夜の闇を切り裂くように、穂乃果の心の暗幕も切り裂いてほしい。

キャンプ小説「火を見て、日々を観る」⑩

 カレー、美味かったなぁ…

 黙々とパソコンを打ち込んでいた手を止め、無意識にコーヒーを一口啜る。
 そして、口の中に何の感動も生まれていない事に思い至り、あの日木陰で飲んだコーヒーとこのコーヒーに成分的に何かしらの差があるのではないかとしばし考え、いやいや同じじゃんと思い直し、無駄な事を考えてないで昼までにこの書類をまとめてしまおうと再びパソコンの画面を睨みつけた。

「主任、ちょっといいっすか?」

 背後から声をかけられ、折角まとまりかけていた思考が四散する。溜息を吐きたくなるが、それを顔に出すわけにもいかない。

「なに?」

「あの、この前依頼されたこの案件の見積もりなんですけど、ここの粗利率ってこのくらいでいいですか?」

 あー、またあのカレーが食べたい。

「私としては、ここを削って、このぐらいの金額だと妥当だと思うのですが」

 川上さんの作ったステーキも美味かったな。あれって焼き加減が絶妙だったんだろうな。

「競合他社は、先方の情報だとここに力を入れているみたいで。差別化としてうちはここを」

 あー、次のキャンプ、いつ行こう。穂乃果はいつが空いているのだろうか。
 月末の土日あたりどうだろうか。
 早く計画を立てなくては。

「ちょっと主任、聞いてます?」

「早く計画を立てなくては」

「はい?」

「あ、あー、この案件については、今後の長期的な視点での計画を立てた方がいいと思うよ。今の話はあくまでも現状の改善プランであって、2年後、3年後に顧客がどのレベルまで良くなっていくか、そのヴィジョンを見せてあげないといけない。そのためには、先を見据えた長期的な計画を示して、今顧客ががどの位置にいるかを共有しながら、進めていくといい」

「え、あ、そ、そっすね」

「どうした?」

「いや、主任ぼーっとしてるっぽいから、聞いてないのかと思ってました」

「そんな事ない」

「アドバイスありがとうございます」

 軽く頭を下げて、後輩の佐藤くんは自分のデスクへと戻っていた。集中力散漫な自分に溜息が出そうだ。ただでさえ職場では『とっつきにくい奴』『何考えてるのかわかんない奴』と思われているのだ。直属の部下にまで愛そを尽かされたら、円滑なコミュニケーションに支障が出る。

 早くキャンプに行かなくては。

 キャンプに行って、美味いものを食って、メンタルを回復させなければ。

『今日、次のキャンプについて打ち合わせ出来る?』

 穂乃果にLINEを送る。
 無意識に口に運んだコーヒーカップに中身が入っていないことに気づき、僕は小さく舌打ちをした。


  △


「先輩、○○の課長さん、今受付で待ってるみたいですよ」

 後輩の川上に呼び止められ、私ーー佐々木穂乃果(ささきほのか)は舌打ちをした。さっきの打ち合わせの内容を急いでまとめて置きたいのに、こういう時に限って邪魔が入る。今日は定時で帰って、帰り道の書店で本日発売の漫画を買い漁り、それを読みながらカップラーメンとビールの夕食を楽しみたいと言うのに。

「わかってる。受付から電話あった。待たせてるの」

「取引先の課長さん待たせちゃダメですよ」

「いや、あいつ勝手に待ってるだけみたいだから。仕事っていうかプライベートで来てんの。待たせときゃいいのよ」

「え、どう言う事っすか?」

「あー、今度教えるよ。取りあえずあんたは気にしなくていい」

「はぁ」

「30分で仕事終わらせて、対応するから」

「了解です。クレーム起こさないで下さいね」
 渋々と言った様子で、川上は去っていった。

 まったく、取引先の課長とはいえ、この前偶然再開してから、キャンプの夜のメールといい、あの男は一体なんなんだ。私は頭を掻きむしりたくなりながらも、冷静に冷静に、と自分に言い聞かせる。

 そして思えば、付き合ってる当初も、自分の都合で私を振り回す奴だったな、と思い出す。

 取引先の柳井拓也(やないたくや)課長ーー先日の打ち合わせの席で偶然再開した、いわゆる私の元彼というやつである。

 やっつけで仕事を終わらせ、受付へと向かう。
 パーテーションで仕切られた応接室でコーヒーを飲んでいた拓也が、にこやかに右手を上げた。

「よう、お疲れ」

「柳井課長、お待たせいたしましてすみません。ちょっと、こちらに」
 そう言って社屋の外へと連れ出す。
 笑顔でついてくる様がなんとも憎らしい。

「悪いね、この前の打ち合わせであまり話せなかったから」
 隣のコンビニの前まで来ると、拓也はポケットからタバコを取り出し、吸い出した。懐かしい匂いだと感じる自分にイラつく。

「お仕事の話、でなないですよね?」
 努めて冷静に返す。

「うん、久しぶりに会ったから、話したくて」

 自分で勝手に私を振っといて、今更なんなんだよと思う。

「この前頂いたメール、あれ何ですか?」

「あ、あれ、あの写真?」

「そうですけど」

「いや、懐かしい写真見つけたから」

「懐かしいって」

 悪びれもしないその様子にイライラが募る。折角のキャンプの夜だったのに、会社のスマホからメール着信音。何かトラブルか? と開いてみるとーー

「あんな写真送ってくるなんて」

 それは付き合ってた頃に二人で撮った写真だった。恋人同士感が満載で、今見ると小っ恥ずかしくてスマホを叩き割りたくなる。
 というか会社のメアドにそう言う写真を送ってくるなんて、常識知らずにも程がある。

 でも、こうも思ってしまう自分もいる。
 あの頃のこの男も、今と変わらず自分の感情に素直だったし、そこに惹かれていた自分がいたのも確かだった。多分この男は変わってない。

 そして、おそらく私も、大した成長はしていない。

 タバコを揉み消し、すぐさま次のタバコに火をつける。普段はこんな吸い方をしない。これは緊張している時の癖だ。

「わるい、なんか嬉しくなっちゃって」

「反省してください」

「すみません」

「で、何の用?」

「いやー、お互い連絡絶ってたのに、偶然かつ運命的な再会があったわけじゃん」

「まぁ、大学以来ですね」

「よければ、これから食事でも」

「結構です。今の彼女さんに言いつけますよ」

「無理でしょ。君、今の俺の彼女の事知らないじゃん」

 確かにそうだ。理論が破綻している。ダメだ、今私は完全に動揺している。

 この男が私を見る目に熱がこもっている! ような気がする。誘っているのだろうか。あの頃のような関係に、私の事を誘っているのだろうか。
 お酒を飲ませて、正常な思考が出来ない状態に陥れて、そのまま部屋にでも連れ込むつもりなのだろうか。

 そんなのはダメだ!
 流されちゃダメだ、私!

「私を、どこに連れていくつもり‥‥?」

「ほら、学生時代よく行ってたラーメン屋、あるだろ? 久しぶりに行きたくね?」

「え、ラーメン屋?」予想外の店舗チョイスに驚く「もっとこう、お洒落居酒屋とか、お洒落バーとか、そういうところに連れてこうとしてるんじゃないの?」

「だって今日、ジャンプコミックスの発売日じゃん。お前、漫画買って読みたいだろ?」

「あ、うん。そうだけど‥‥」

 ちゃんと覚えていたんだ。

 こいつは、こういうところに抜かりがない。情と雰囲気と勢いに流されそうになって、ありもしない意図を深読みしていた自分が心底恥ずかしい。

「行きたいの? そういうところ」

「行きたくない」

「だったら、ラーメンは?」

「まぁ、ラーメンくらいなら、いいけど‥‥」

「よし、決まり。じゃ車持ってくるから、ちょっと待っててくれ」

「はぁ‥‥」

 会社の来客駐車場に消えていく後ろ姿を呆然と見る。混乱する頭の片隅の、どこか冷静な私が、『スーツ姿、結構様になってるじゃん』なんて事を呟いている。

「いや、私、バカだろ」

 自分の馬鹿さ加減に、悪態をつく他ない。


  △


『今日は古い知人と会うこ事になってしまった。今度の土曜でどう?』

 帰り支度をしていると、穂乃果からそうLINEの返信が来た。

『了解』

 いきなりだし仕方ない、と自分に言い聞かせる。今日はスーパーで半額の惣菜を買って、ビールを飲みながら次のキャンプの計画を練ろう。いいキャンプ場を見つけて、穂乃果に教えてやればいい。

「楽しみだなぁ」

 梅雨直前の少し重たい空気を吸い込んで、ため息と共に僕は呟くのだった。

プロフィール

幕田卓馬

Author:幕田卓馬
糖、脂質、プリン体、塩分などに気を配らないといけない歳になりました…若い頃の不摂生が原因でしょうか。まだ三十路、されど三十路!
そんな男が日々の合間に小説を書いています。

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